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新崎かっこ
新崎かっこ
novelistID. 68143
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サプリメント

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ユキがサプリメントを飲み始めた。
 

 ユキとは高校の時からの付き合いで、お互いに社会人となった今でも頻繁に会う仲だ。
 二人で晩ご飯を食べに洋食屋へ行った日のことだった。小振りのオムライスを食べながらユキが言った。
 「もうね、社会人にもなって事あるごとに泣きそうになってちゃさ、情けないかなと思って…」
 高校以前のユキのことは知らないが、少なくとも高校の時から彼女は泣き虫だった。社会人になった今でも、その虫を駆除することが出来ていないようだ。仕事上の失敗、上司からの嫌味――最近のユキはそういったことで泣き虫に喰われてしまうらしい。
 そんなユキが飲み始めたというのが「泣かないサプリメント」というものである。最近は体ではなく心に作用するサプリメントが流行っているらしい。そういえば某人気アイドルが「周囲の嫌味に負けないサプリメント」を飲んでいると、何かのテレビ番組で話しているのを聞いたことがあったような気がする。
 「そんなの本当に効くの?」私は半信半疑だった。
 「うーん、まだ飲み始めたばかりだから分からないけど、少し試してみるよ」
 ユキはそう言ってオムライスを食べ終えると、ピルケースから取り出した水色のサプリメントを飲み込んだ。


 それから二、三週間が経った頃の休日、私達は近所の甘味処へ行った。私は饅頭を半分に割りながら、ユキにサプリメントの効き具合を聞いてみた。
 「そういえばさ、アレまだ飲んでるの?サプリメント」
 「うん。一日一錠ちゃんと飲んでるよ」
 「どうなの?効いてんの?」
 「うん!あのね、すごく…すごく効いてるよ、あのサプリメント!」口に入れている豆大福をもごもごさせながら、ユキはとても嬉しそうに応えた。
 「一昨日もね、先輩に怒られちゃって、落ち込むには落ち込んだんだけど…全然泣かなかった!逆になんか、もっと頑張らなくちゃって思ったよ。」
 「へー…」
 「今までの私って泣けば泣くほど悲しくなって、どんどん気持ちが後ろ向きになっちゃってたんだよね。だから駄目だったんだよね、きっと」
 口のまわりについた豆大福の粉をハンカチで拭きながら、自信をつけた笑みで、ユキは言った。そしてまたピルケースからあの水色のサプリメントを取り出し、お茶で飲み込んだ。


 それから二ヶ月ぐらいが経ったある日、ユキのお母さんが亡くなった。交通事故だったらしい。突然のことでユキの家も人手が足りない様子だったので、私は仕事を休み、通夜と葬式を手伝った。


 すべてが終わり、親戚の人たちも帰っていった。ユキのお父さんは地方から来ている親戚を車で空港まで送って行くことになり、家には私とユキの二人だけになった。
 「お茶でも淹れようか?」
 「あ…いや、いいよ。私が淹れるから」ユキは立ち上がり、台所へ行って二人分のお茶を淹れて仏間へ持ってきた。二人とも仏壇に向かって座り、お茶を一口飲んだ。


 「突然だったね」
 「うん」
 ユキは固まったように母親の遺影を見つめていた。私はずっと気にかかっていたことを言った。
 「ねぇ、ユキ」
 「なに…?」
 「…もう、泣いてもいいんだよ?」


 線香の煙も、お茶の湯気も、一瞬静止したかのように感じられた。だが次の瞬間、ユキは震える手のひらで口を押さえて、仏間から飛び出していった。私は慌てて後を追った。
 ユキは自分の部屋へ行き、机の上にあった鞄の中から乱暴にピルケースを取り出し、サプリメントを何錠も口に含んだ。だが、全部吐き出してしまった。涙がぽたぽたとこぼれていた。
 その場に崩れ落ちそうになったユキを抱きとめようとしたはずみに、ピルケースがユキの手元から滑り落ちてしまった。


 ユキはずっと泣き続けた。子供のようにわんわんと泣き続けた。水色のサプリメントが、まるで少し大きめのビーズのように床に散らばっていた。
作品名:サプリメント 作家名:新崎かっこ