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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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38


 午後6時。彼の友人たちとロビーで待ち合わせて、トゥクトゥクでリバーサイドという所に向かう。途中で凱旋門やお寺の横を通り、レストランが建ち並ぶエリアで車を降りた。
「ラオスにも、こんな賑やかな場所があるんですね」
 私はすっかり感嘆して言った。
 河側にはマーケットがあり、路上には様々な露店や屋台が出ている。その後ろにはビア・バーやレストラン軒を連ね、色とりどりのネオン・サインが瞬いていた。
 彼の友人と私たち二人の合計4人は、とある中華料理店に入った。二階の個室に通され、まだメニューも見ないうちからビールを注文する。
「えーと、彼女、名前は何ていうの?」
 彼の友人の一人が私に声をかける。
「ラ……、エレノアです」
「俺は耕平。コーヘーって呼んでくれていいよ」
「じゃあ、改めて乾杯。さあ、エレノアさんも」
 皆でグラスを掲げて乾杯した。
「エレノアさん、ここの料理は美味しくて安いんですよ」
「そうなんですか」
「ラオスは昔、フランスの植民地だったから、世界の本格的な料理が勢ぞろいしているんです」
 彼が補足する。
「おいおい、みずやん、彼女に敬語使ってんの?」
「彼女というか何と言うか……」
「もし違うんなら、俺が口説いてもいいか?」
「それは絶対にダメです」
 彼が強い口調で言う。
 それがおかしかったのか、男二人は声を上げて笑った。
 最初の料理が運ばれてきた。大盛の炒飯と水餃子だった。そしてさらに春巻きと麻婆豆腐が来た。それでも丸テーブルには余裕がある。
「みずやん、彼女とどこで知り合ったんだ?」
「どこでって……」
 彼が炒飯を取り分けてくれながら言う。「近所で」
 向かいに座っていたもう一人の友達がビールを吹いた。「失礼。なんだか猫でも拾って来たみたいな言い方だったからさ」
「私が押しかけて来たんです」
「は?」
 私の言葉に、友人たちの箸を持つ手が止まる。
「マジか。今どき押しかけ女房とは参ったな。俺にも来ないかな」
「お前には無理だよ」
「やっぱり?」
 そんな他愛のない会話をしながら料理もビールもどんどんなくなってゆく。みんな大酒飲みだと私は呆れて見ている。
「エレノアさんも、なかなかの飲みっぷりだね。みずやんに鍛えられたか?」
「かも知れません」
 と言いつつ、それは事実だろうと思う。
 初めてバンコクに来る飛行機の中で飲んだビールに噎せてしまったのが、遠い日のことのようだ。
 でも、あれからまだ3か月しか経っていないのだ。見ようによっては3か月も経っているということになる。
 この3か月で、彼はようやく私が傍に寄り添うことを許してくれるようになった。
 押しかけ女房か――
 何なら今夜、実際にやってみようかなどと考えてみる。
 男たち3人は上機嫌で食事を終えた。私も少し上気して、彼にしがみついている。
 ホテルに戻った4人は、ロビーで宴会の続きを始めた。そこでもビールを何本も空け、お開きになったのは11時頃だった。
 彼について、私も部屋に入る。彼は何も言わなかったが、驚いたことに冷蔵庫からビールを出した。
「健一朗さん、まだ飲むんですか?」
「もちろんです。みんなとワイワイやるのもいいですが一人で静かに飲むのも好きなんです」
「私もいない方がいいですか?」
「誰も、そんなことは言っていませんよ」
「じゃあ、私にもください」
「ロング缶しかないですよ」
「大丈夫です。私、実はそんなに飲んでませんから」
 彼は疑わし気な目で私を見たが、新しい缶を出して私に手渡してくれた。
 栓を開けて乾杯をする。今日何度目の乾杯なんだか、もう忘れてしまった。
 昨日買ったスナック菓子の封を開ける。いつもの部屋ではなく異国のホテルだということが私を少し大胆にしている。
 私は彼の隣ににじり寄った。彼はそれを避けるでもなく、そっと私の腿に手を置いた。
「私、今夜はここに寝ていいですか?」
 彼がビールを飲む。
「私、ばんこくで夜が来なければいいと、ずっと思っていてんですよ。夜が来なければ、健一朗さんの傍にいられるから」
「どうして、そんなに……」
「好きに理由はない、健一朗さんが書いた言葉ですよ」
「……」
「キスしても、いいですか?」
「ビール臭いですよ」
「それは、お互い様です」
 私は顔を寄せる。彼は抵抗しなかった。
 そのまま接近し、頬にそっと唇を当てた。
「好きです。健一朗さん」
 私は彼の肩に頭を載せた。「今夜は、ここにいていいですよね?」
 彼は大きく息をついた。そして、私の頭を引き寄せてくれた。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏