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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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35


 次の休憩は二時間後だった。バスが減速すると同時に彼は目を覚ます。
 休憩場所は、やっぱりガソリンスタンドだった。
 今度の休憩は10分だと言っている。
「まあ、20分は停まりますよ」
 彼はおもむろに立ち上がり、バスを降りると思いっきり伸びをした。
「座席の奥行きが合わなくて、私には少々辛いです」
「私も少し、腰が痛いです」
 バンコクを遠く離れた空には多くの星が瞬いている。私も彼に倣って伸びをし、手洗いに向かった。彼は喫煙コーナーで早速煙草に火を点けた。
 トイレを済ませ、彼と共にコンビニに入る。タイではある程度の規模のガソリンスタンドはコンビニも併設しているようだ。そう言えばマンションの近くのもそうだった。
 大気汚染の酷いバンコクに較べて、ここは空気が綺麗で呼吸していても気持ちいい。
 時刻はもう深夜。バスを降りずに眠っている人もいる。私たちはもちろん、新鮮な空気を吸うためにもバスを降りた。
 ここでも休憩時間は10分と言いながら、15分以上停まった。
 その後は、私も眠くなって、少し眠った。
 次に目覚めたのはちょうど二時間後、彼に起こされてだった。私はすっかり彼の肩に頭を載せて眠ってしまっていた。
「休憩ですよ」
 彼に促されて起きる。「ここでトイレに行っておいた方がいいです。ノンカイのトイレは有料で、到着したときはまだ開いていないはずですから」
 バスの外は結構涼しかった。どこかから虫の声が聞こえてくる。
「ノンカイまで、あと二時間ほどです」
 彼が言う。時刻は午前一時。つまり3時前後に国境に着くということだ。
 確かに、眠れるだけ眠っておかないと、時間の感覚が狂ってしまう。彼がブログで、ビザランに参加すると1週間程度生活が乱れると書いていたが、その通りになりそうだった。
「腰が痛いです」
 私が言う。
「ビエンチャンに着いたら、マッサージに行くといいです」
 最後の休憩の後は二人ともすっかり眠ってしまった。でもやっぱり緊張しているせいか、途中で何度も目が覚めた。その度に彼にもたれ直し、眠りについた。彼の優しい体温に癒されながら。
 タイ=ラオス国境、ノンカイに到着したのは午前3時過ぎだった。国境が開くのは6時なので、まだ3時間近くある。
 バスを降りてコンビニへ行く人もいるが、そのままバスの中で寝ている人もいる。もうすっかり目が覚めた私たちはバスを降りて、コンビニへ軽食を買いに行く。
 国境のゲート前には他のビザ・ツアーの車が何台も来ていて、未明の町は結構な混雑だった。
 コンビニでパンとコーヒーを買い、バスの車内で食べる。彼は時おりバスを降りては煙草を吸いに出かけた。そこで、彼の友達と何やら言葉を交わしているのを、私は眺める。彼にもささやかながら交友関係があるのを私は知っていた。ただ、その本人に会ったことがないだけで。
 彼がバスに戻ってくる。
「5時半くらいには、あそこに見えるゲートの下にいなければいけません。開門と同時にダッシュするんですから」
「だから、ビザランって言うんですか?」
「さあ」
 彼は首を傾げる。「そういう意味もあるのかも知れませんね」
「私、走るのは苦手です」
「私もですよ。でも心配しなくていいです。グループの誰か一番早い人の後ろにまとめて並ばされますから、誰か一人が全力疾走すればいいのです」
「随分と適当なんですね」
「そうですね。でも、それで助かるんですから」
 彼の言ったように、5時半前にはゲートの下に人だかりができていた。このツアーに慣れている人は小荷物だが、初めてっぽい人はキャリーケースを持っていたりサンダル履きだったりした。
 まるでマラソン大会が始まる前の様相を呈している。
 誰もが今か今かと合図を待つ。
 そして、いよいよイミグレーションまでの猛レースの火ぶたが切って落とされた。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏