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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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 ビザランの集合時間は16時半だった。だからそう急ぐこともなかった。朝昼を彼の部屋で食べ、荷物の最終チェックをした。向こうの宿で履くためのサンダルも用意した。部屋には石鹸はあるがシャンプーはないので、持っていった方がいいと言われ、彼が持っていた小瓶に入れて洗面具のケースに入れた。彼がいなければ石鹸で髪を洗わなければならないところだった。エレノアの髪は濃い目のブロンドで見た目は茶色、そして癖っ毛だ。
 戸締りをしっかりして午後3時過ぎにマンションを出た。大通りでタクシーを拾い待ち合わせ場所へ。早めに出たのは渋滞を見越してのことと、バスの席順が早い者勝ちだからだ。
 必要のない時にはいくらでも来るのに、いざ乗ろうとするとタクシーは来ないものだ。15分ほどやり過ごして、ようやくタクシーを捕まえられた。所々で渋滞に巻き込まれながらも16時前には集合場所に着くことが出来た。オフィスでチェックインの手続きをし、バスの席を決める。ついでに帰りの便の食事のメニューを選んだ。彼はタイ風焼き飯、私はカオ・カイジアオ(タイ風オムライス)を頼んだ。
 必要な書類は予約時のパスポートのコピーから全て作成してくれている。
 オフィス受付でバスの座席に合わせた首掛け式の札を貰い、全員が揃うまで待つ。バスが遅れることもあるが、バス到着時にいない人は置いてけぼりにされるのだそうだ。
「出発してから3時間くらい停まらないので、トイレは先に行っておいてください」
 彼が言う。「あと、途中でお腹が空くこともあるので、パンとジュースくらいは買っておいた方がいいですよ」
 オフィスから連れ立って出ようとしたとき、二人組の男性が入ってくるのと鉢合わせした。
「あ、みずやん、久しぶり。元気にしとった?」
 彼のビザラン仲間だった。私は数歩下がって彼らを見た。
「ああ、私は元気ですよ」
 彼が言う。
「みずやん、彼女いたっけかぁ?」
「いないですよ」
「でも、その子は?」
 二人組のうちの一人が私を見る。
「私のファンです」
「ファンってことは、彼女やんけ」
「違います。作家としての」
「ああ、そういうこと」
 彼らは手続きのためにカウンターの方へ行った。
 私は彼らの話を聞いていて、少し寂しい気持ちになった。彼はどうして、私を彼女と言ってくれなかったのかと。冷やかされて困る歳でもないだろうに。
 外に出ると、既に手続きを済ませた人が思い思いの恰好で待っている。出発まではまで30分以上ある。彼とコンビニに向かう。そこでジュースとスナック菓子を買った。
 待ち合わせ場所に戻ると、彼は喫煙コーナーに煙草を吸いに行ってしまった。
 私は少し離れた所から、彼と彼の知人の会話を聞く。やはり彼の知人は私のことを彼の恋人だと思っているようだ。それも、いやらしい意味で。それなら彼らの言を否定する彼の言葉も理解できる。彼は未だに私に指一本触れてさえいない。だからと言って決して邪険に扱われているとも思わない。彼は純粋に私を大切に思ってくれている。時に行き過ぎて国に返そうとするほどに。
 どうして男は、すぐにそういう関係を連想するのだろう。それとも、彼の方が男性として珍しいのだろうか。どうもそう思えてくる。彼の作品にもそういう|件《くだり》があったのを思い出す。
 予定の時間になってもバスはやって来なかった。彼に訊くと、それは毎度のことらしい。いつも30分遅れ位で到着するのだそうだ。
 彼は久々に再会したのであろう知人たちと話している。私はどうにも手持ち無沙汰だった。これまでバンコクで彼に頼りっきりだったから、なおさらのことだった。それでも彼は私を気にかけて声をかけてくれる。ただそれだけでも私は救われる思いだった。どうせ、バスに乗ったら彼と隣り合わせの席なのだから、今しばらくは我慢のし甲斐もあるというものだ。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏