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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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 彼に会わなければ――
 薄暗い地下のような空間の遠くに、タクシー乗り場が見える。
 そちらへと向かいかけて、私は現地のお金を持っていないのに気づいた。
 ビル内に引き返して、とりあえず財布に入っていた200ユーロを両替した。あとはカードがあるから、なんとかなるだろう。
 彼の住所を思い出そうとする。
 何度も見ていたはずなのに、知っていたはずなのに、思い出せない。
 でも、場所だけは分かる。
 私はタクシーを諦めて、エアポートリンクの駅へと下った。
 混み合った電車を途中で地下鉄に乗り換える。そうして終点の一つ手前の駅まで。自動の車内音声が停車駅を告げる。
 どんどん近づいてゆく。
 ちょっと変わった名前の駅、そこで私は降りた。
 そう、戻って来た。
 ずいぶんと遠くから来てしまったけど、ついに彼の住む街に。彼と、私の街に。
 地上に出ると、途端に眩しい陽射しに晒されて、私は帽子のつばを目深に下ろす。
 目の前には、大きな百貨店がある。
 その先の路地の奥、そこに彼の住むマンションがあるはず。
 一旦、そちらへ向かおうとする。
 そして、思いとどまった。
「彼は――」
 そう、彼は、この私が、私だと気づかない。絶対に信じてもらえっこない。
 だって、彼の思っているライラは、この私じゃない。
 私は、つい先日までエレノアだった女性(ひと)。
 彼にとっては、見ず知らずの。
 勢いでここまで来てしまったけれど、これからどうしようかと途方に暮れてしまう。
 とにかく、しばらく時間を潰そう。
 うだるような暑さを避けようと、私は百貨店の中に入った。
 外とは打って変わって建物内は涼しい。むしろ少し寒いくらいに冷房が効いている。
 最上階に上がり、フードコートへ。
 たしか――
 いつも彼は、どうしていただろうか。
 閑散時なので人も少ない。
 私は利用者の動向を見る。
 でも、よく分からない。
 仕方なくキャッシュオンリーと書かれたカウンターで飲み物を購入する。
 適当な席に着き、それに口をつける。
 冷たくて甘い。
 のぼせたような思考を引き締めてくれる。
 少し寒いほどの空調は心地いいけど、体の方はそれに反して軋むような痛みを感じている。
 これから、どうするか。
 彼にいきなり声をかけても、不審に思われるだけだろう。
 でも彼に近づきたい。
 一緒にいたい。
 そのために、ここまで来たのだから。
 なら、どうするか。
 とにかく彼に接近すること、そして私がいたあの部屋に帰ること。
 単独ではマンションのセキュリティは通過できない。
 彼の許可がなければ。
 私が居住契約すればいいのだけど、前日までに申し出ないといけなかったはず。
 今日申し込んで明日に彼に会いに行く。
 それが一番安全で確実な方法だけど……
 どうしても会いたい。今すぐにでも。
 あれこれと考えを巡らせているうちに午後5時を過ぎてしまっていた。
 私は席を立ち、フードコートを後にする。
 いつの間にか家族連れなどで、結構な人出になっていることに驚いた。
 みんな楽しそう。
 笑っている。
 私も――
 彼と――
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏