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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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27


 私がバンコクに来て2週間が経った。
 その間私は朝から彼の部屋に入り浸っていたが、彼は咎めだてするようなことはなかった。
 ときにはMBKに行ったりもした。MBKはMBKで、チャトゥチャクを立体化したような巨大マーケットだった。
 何の予定もない日、彼は私に訊ねた。
「エレノアさんの帰りのチケットはいつですか?」
 私はポーチからEチケットの紙を出す。「15日後です」
「それで帰ってください」
「どうしてですか?」
「あなたは、私のような者にかかずらわっていていい人じゃない」
「それを決めるのは、私です」
 彼はため息をつく。
「じゃあ、どうするのです?」
「ここにいます」
「ビザは?」
「あ……」
「どうせ、ノービザで入国しているのでしょう。ならば、期限は30日です。チケットもオープンなら払い戻しできるかどうか問い合わせないといけない」
「私、どうしたら……」
「どうしてもいたいのなら、帰りのチケットを払い戻しする必要があります。オープンなら一回に限り無料で変更に応じてくれるはずです。それと、イミグレーションでビザ延長手続きをしなければいけません」
 そういう事務的手続きがあることを、私はすっかり忘れていた。
「幸い、私もビザの延長をしないといけません。来週にでも一緒にイミグレーションに行きましょう」
 自分の国以外に住む以上、ビザの問題は最重要問題だ。彼は3か月に一度ビザランと言われる手続きを繰り返している。本当なら就職してビジネスビザをもらえたらいいのだけれど、現時点で彼を採用しようという企業はない。だから仕方なくツーリストビザの延長で滞在せざるを得ないのだった。
「イミグレーションはいつも混み合いますからね。朝イチで行かなければいけません」
 イミグレーションには6時には着いていた方がいいということだった。遅くなると手続きが午後になってしまい、丸一日潰れてしまうのだとか。
 かくしてビザ延長当日、私は4時半に起きた。すぐに彼に電話すると、まだ寝起きの声だった。
「すみません。起こした方がいいと思って」
「いや、ありがとう。すぐに支度します」
 そうして5時半にはマンションを出た。
 大通りに出てタクシーを探すもなかなか捕まらない。タクシーに乗れたのは6時少し前だった。
 イミグレーション・オフィスがある総合庁舎に着いたのは6時を15分ほど回っていた。こんなに早い時間にと思っていたが、巨大な庁舎内にあるオフィス前にはすでに行列が出来ていた。オフィスが開くのは8時半か9時のはずなのに、私たちの後にも続々と人が列をなしていった。
 番号札を貰うまでは並んでいないといけないと彼は言った。その後はオフィスが開くまで自由にしていいらしい。
 ビザ申請用紙は彼が予備を持っていたので、既に記入済みだ。ただ、写真がない。それも庁舎内で何とかなるということだった。
 7時過ぎくらいに列が動き出す。番号札が配られているからだ。私たちの番号は86と87だった。あんなに早く出たのに私たちの前に80人以上も並んでいたなんて驚きだ。
 彼は私を地下に連れて行く。そこで写真とパスポートのコピーを入手するためだ。それらを入手すると、ようやく朝食にありつけた。
 彼は何ら躊躇することなく大食堂へ入ってゆく。そこはスーパーのフードコートのようだったが、会計システムが違った。事前に金券を買うのではなく、ブースで直接お金を払うのだった。例によってご飯とおかず二種類を頼んだが、値段は35バーツと格安だった。水は専用のコーナーで自由にグラスに注ぐようになっていた。
 ここで食べたものも初めてのおかずだったが、やはり美味しかった。タイでは料理が美味しいのは当たり前なんだなと思った。誰もがいい顔をしていることからも、それが窺える。
 朝食を終えてイミグレーション・オフィス前に行くと、多くの人たちが列をなすでもなくたむろしていた。
 間もなくオフィスが開くらしい。
 そして、いよいよオフィスが開いた。
 混乱しないように番号札の十人ずつが呼ばれ、中へ入ってゆく。でも、中のカウンターは三つほどあり、どこに並ぶかで順番が前後してしまう。係員によって手際が違うからだ。
 彼と私はJの二番と三番だった。
 Jカウンターの前のベンチに座り順番を待つ。オフィスは開いているのに、まだ一番すら呼ばれていない。他のカウンターではもう呼ばれているのに、どうしてここだけ遅いのか理由が分からない。
「たぶん、9時半くらいですよ」
 彼はそう言って目を閉じた。
 彼は大体朝は弱い。
 こうなったら、私が起きているしかない。
 彼が言った通り、Jカウンターの一番が呼ばれたのは9時半だった。私は彼を揺り起こす。
「次ですよ」
「あ、ああ。ありがとう」
 彼は目をこすりながら体を起こした。
 続いて、二番と三番が呼ばれる。
 カウンターでは書類にサインをしてビザ代を払うだけだった。
 一旦カウンターを離れ、今度は発給窓口から呼ばれるのを待つ。他のカウンターの番号はどんどん呼ばれるのに、Jカウンターだけはなかなか進まない。それでも、十時には無事ビザの延長が終わった。これであと30日は彼の傍にいることが出来る!
 帰りはタクシーではなくバスで戦勝記念塔(アヌサワリー)まで行き、そこで高架鉄道(BTS)に乗り換えた。彼が言うには、これが一番安くて渋滞に巻き込まれないルートなのだそうだ。高架鉄道をプロンポン駅で降り、旅行代理店へ。そこでビザランの手続きをするのだ。ビザ期限ギリギリの便を予約し、予約票兼領収証を貰って今日の日程はようやく終わった。
 日系のフジスーパーで日本食を少々買って、帰途についた。
 マンションに帰りついたときには、お互いにすっかり気疲れしてしまっていた。それぞれの部屋に戻り、一旦仮眠することにしたのだった。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏