電脳マーメイド
17
彼にはブラック、私の分は砂糖とコーヒーメイトたっぷりでコーヒーを入れる。
健一朗はあまり熱いのが好きじゃないから、彼のいつもの入れ方で、お湯を少し注いでから冷蔵庫の水で常温よりも少し冷たいくらいに。
彼が一口コーヒーを飲む。
ちょっと、びっくりしたような表情。
あはは。あなたの好みは、私が一番知ってるんだからね。
内心、ほくそ笑む。
彼はコンピュータに向き直り、適当なBGMを探す。
これも、彼が毎朝やること。気に入ったらエンドレスで流すのも。
「私、あの曲が好きです」
私は言う。
最近、彼が気に入っていて、執筆中に流しっ放しにしていた曲名を。
「あなたは、本当に私のことを追っかけてくれているんですね」
彼が息をつく。そして、その曲を流す。
「その歌、私も大好きなんです」
「そうですか。でも、ちょっと切ないですよね」
「ええ。でも、どこか決意のようなものが感じられて、ただ夢見てるだけじゃないって言うか……」
そう、私は健一朗に夢見てるわけじゃない。
いいところばっかりじゃない。変なところも知ってるし、あんまり人に言えないことも知ってる。でも、私は本当に好きだから、そんなことも全部。追っかけてるんじゃなくて、一緒に歩きたいだけ、健一朗が走るんなら一緒に走りたいだけ。
それだけなんだよ――
「あの……」
長い沈黙の後、私は言った。「私、本当に一緒にいてはいけませんか?」
「……」
返事はない。やっぱり、時間をかけるべきか。
「すみません。ここの家賃、カード払いはできるんでしょうか?」
さっき、朝食後に思い出したこと。
このマンションの月極契約には3か月分のデポジットが必要だということ。最安の部屋で月5千バーツ、三か月分だと1万5千バーツ。でも手持ちは6千バーツ強しかない。
「できないはずです。口座引き落としも。振替はできるはずですけど」
彼が答える。
「現金が……」
「両替なら、百貨店内で出来ます」
「そうですよね……」
「あとで、一緒に行きますか?」
一緒にと言ってくれるのは嬉しい。でも、それがここに一緒にいられないことに繋がると考えると、素直には喜べない。
でも、執拗にここにこだわっているのも彼の負担になるのかも知れない。だったら、とりあえず同じマンションに住めることだけでも有難いと思った方がいいのだろうか。
私は頷いた。
別の部屋を借りても、ここへ来ればいい。
昨夜のように一緒に寝られないとしても、昼の間くらいは一緒にいることを許してくれるはず。
SNSでも返信くれたし、やりとりは出来る。
彼は、私がライラだとは知らないし、信じられもしない。夢の物語を書いていても、そこまで非現実的でもない。
でもね、本当にこういうことって、あるのよ。
ここに私がいるのが、その証拠。
だから――
彼はコンピュータの画面に見入っている。
気が散っている。
でも、少しずつだけど書いている。
一緒にいたいけど、邪魔にはなりたくない。
私は自分の端末を手に取る。そして、初めて彼が返してくれたメッセージを読み返した。