電脳マーメイド
16
なんだかお腹がいっぱいになってしまって、私は思ったほどは食べられなかった。
「口に合わなかったですか? それとも、やっぱり辛かったとか」
そんな私を、彼が心配して言う。
「いえ、そうじゃなくって……」
私は水を一口飲む。「すごく美味しかったです」
ちょっと気を抜いている間に、彼は支払いを済ませてしまった。
私が払うと言っていたのに。
「どうして――」
「どうして?」
食堂を出た所で私が抗議しようとするのを、彼が止める。
「だって、私が――」
「そんなに気負わなくてもいいでしょう」
「私、気負っているように見えますか?」
「見えます」
はっきり言われてしまう。
でも、それはあなたのせいなんだから。
「私は、あなたに喜んでほしいだけなんです」
「まあ、今は私が好きでやったことなので、気にしないでください」
「あ。私、ちょっと買うものがあるので」
コンビニの前で立ち止まる。
本当は、何も欲しいものはないんだけど、それでも。
昨日も入ったコンビニ。
彼が通るのを待っていたコンビニ。
カゴを取ってアイスクリームと書籍のコーナーを素通りし、奥へ向かう。彼はついて来なかった。
確か、アルコールは時間制限があったはず。
今はまだ買えない。
彼が好きだと書いていたフルーツのジュース、ヨーグルト飲料、それからツナ缶と――
適当に食料を見つくろってカゴに入れる。
レジに持ってゆくと、彼が近くに寄ってきた。
「ダメですよ。私が払いますからね」
はっきりと宣言する。
それを聞くと、彼は隣のレジでタバコを買った。
思ったより高くついた。全部で700バーツほど。ということは、手持ちの現金は……。
店員は結構優しく、冷たいものとそうでないものを別々に袋詰めしてくれる。
外に出ると、途端に暑さに参りそうになる。
袋は彼が持ってくれた。
車に対向するように歩き、マンションへ戻る。
9時前。レセプションはまだ開いていない。
だから、彼の部屋に戻る。
冷やさなければいけないものを冷蔵庫にしまう。
それからふたりして、それぞれの椅子に腰を下ろした。
彼は肘掛に左肘を立てて頬杖をつき、右手でコンピュータのキー以外の場所を指で叩く。時おり軽く握った左拳を唇にあてがう。
考えあぐねているときの、彼の仕草。
眼はディスプレイに向けたまま。
右腕を肘掛に置いたときが、何かをするタイミング。
でも、いつもじゃない。
今回もそうだった。彼は右腕を肘掛けに置くと、そのまま目を閉じてしまった。
疲れている。
彼は、朝には弱い。
特に食後は脱力感に襲われる。
目を開けて端末でSNSをチェックする。
私はそれを黙って見る。
なかなか言い出すタイミングが掴めなくて。
「コーヒー、入れましょうか?」
黙っているのが辛くて、私は言う。
「うん……。気を遣わせてしまって、申し訳ない」
違うのよ――
気を遣わせているのは、私の方なのよ――
私はベランダへ出て、さっき洗ったカップとスプーンを持って部屋に戻った。