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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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16


 なんだかお腹がいっぱいになってしまって、私は思ったほどは食べられなかった。
「口に合わなかったですか? それとも、やっぱり辛かったとか」
 そんな私を、彼が心配して言う。
「いえ、そうじゃなくって……」
 私は水を一口飲む。「すごく美味しかったです」
 ちょっと気を抜いている間に、彼は支払いを済ませてしまった。
 私が払うと言っていたのに。
「どうして――」
「どうして?」
 食堂を出た所で私が抗議しようとするのを、彼が止める。
「だって、私が――」
「そんなに気負わなくてもいいでしょう」
「私、気負っているように見えますか?」
「見えます」
 はっきり言われてしまう。
 でも、それはあなたのせいなんだから。
「私は、あなたに喜んでほしいだけなんです」
「まあ、今は私が好きでやったことなので、気にしないでください」
「あ。私、ちょっと買うものがあるので」
 コンビニの前で立ち止まる。
 本当は、何も欲しいものはないんだけど、それでも。
 昨日も入ったコンビニ。
 彼が通るのを待っていたコンビニ。
 カゴを取ってアイスクリームと書籍のコーナーを素通りし、奥へ向かう。彼はついて来なかった。
 確か、アルコールは時間制限があったはず。
 今はまだ買えない。
 彼が好きだと書いていたフルーツのジュース、ヨーグルト飲料、それからツナ缶と――
 適当に食料を見つくろってカゴに入れる。
 レジに持ってゆくと、彼が近くに寄ってきた。
「ダメですよ。私が払いますからね」
 はっきりと宣言する。
 それを聞くと、彼は隣のレジでタバコを買った。
 思ったより高くついた。全部で700バーツほど。ということは、手持ちの現金は……。
 店員は結構優しく、冷たいものとそうでないものを別々に袋詰めしてくれる。
 外に出ると、途端に暑さに参りそうになる。
 袋は彼が持ってくれた。
 車に対向するように歩き、マンションへ戻る。
 9時前。レセプションはまだ開いていない。
 だから、彼の部屋に戻る。
 冷やさなければいけないものを冷蔵庫にしまう。
 それからふたりして、それぞれの椅子に腰を下ろした。
 彼は肘掛に左肘を立てて頬杖をつき、右手でコンピュータのキー以外の場所を指で叩く。時おり軽く握った左拳を唇にあてがう。
 考えあぐねているときの、彼の仕草。
 眼はディスプレイに向けたまま。
 右腕を肘掛に置いたときが、何かをするタイミング。
 でも、いつもじゃない。
 今回もそうだった。彼は右腕を肘掛けに置くと、そのまま目を閉じてしまった。
 疲れている。
 彼は、朝には弱い。
 特に食後は脱力感に襲われる。
 目を開けて端末でSNSをチェックする。
 私はそれを黙って見る。
 なかなか言い出すタイミングが掴めなくて。
「コーヒー、入れましょうか?」
 黙っているのが辛くて、私は言う。
「うん……。気を遣わせてしまって、申し訳ない」
 違うのよ――
 気を遣わせているのは、私の方なのよ――
 私はベランダへ出て、さっき洗ったカップとスプーンを持って部屋に戻った。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏