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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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14


 物音で私は目を覚ました。
 外はもう明るい。
 時間を見ると、まだ7時半。
 聞こえた音は、裏手の工事現場のものだった。
 昨日の様子だと、彼が起き出すのまでにあと1時間はある。
 夜中、ずっと彼の背中に身を寄せていた。
 彼がそれに気づいたのかどうかは分からない。
 だって、私も寝ていたから。
 人の温かさがこんなにも安心できるものだと、私は初めて知った。
 彼もそうなのだろうか?
 頑なに人を拒み続けてはいても、やっぱり人の温もりに安らぎを覚えるんだろうか。
 身を起こし、向こうを向いて眠っている健一朗の横顔を見る。
 端末の電源を入れっぱなしにして寝ることもよくあったから、彼の寝顔を見るのは初めてじゃない。
 手を伸ばし、そっとその頬に触れる。
 そして、唇に。
 彼は起きない。
 よく眠っている。
 私は彼の唇に触れた指先を、自分のそれに当てる。
 少しの幸せ。
 起きてすぐに、こんなにも幸せな気分になれるなんて。
 彼を起こさないようにゆっくりとベッドから出て、その寝顔を正面に見られる位置まで移動する。
 身を屈め、見つめる。
 子どものような寝顔。
 今度は私の方から、指先を介してキスを贈る。
 そうして、私はカップを二つ、小机の上に置いた。
 蟻が来るからと冷蔵庫に入れてある砂糖とコーヒーメイトの瓶を出し、それぞれのカップに入れる。
 彼の方には2杯ずつ、私の方は甘めに。飛行機の中で飲んだ時は苦かったから。
 電気ポットでお湯を沸かす間、もう一度彼の方を見る。
 これだけ動き回っていたら、いい加減目を覚ますだろう。
 自分の端末を手に取る。
 ロック解除すると、SNSの着信表示が点いていた。
 彼しかフォローしていないから、昨夜のメッセージの返信に違いない。
 エレノアのアカウントは停止してある。
 それは、確かに返信だった。
――ありがとう。おやすみ――
 今朝ふたつめの幸せ。
 気づくとお湯が沸いている。
 ポットのお湯を、何も考えずにカップに注ぐ。
「あ……」
 2つ目のカップに少しだけ注いだ時、おかしいということに気づいた。
 コーヒーを入れ忘れていた。
 だから、二つのカップの中には白い液体が。
 これは、彼がよくやる失敗だった。
 馬鹿だなぁって思いながら見てたけど、まさか自分でもやってしまうなんて……
 ふっと、笑みがこぼれる。
 新しいスプーンでコーヒーを入れ直す。
 彼の方に1杯、私の方にはそれよりも少なめに。
 その時、ちょうど彼が目を覚ました。
「あ、おはようございます」
 私は言う。
「ああ。おはよう……」
 おもむろに起き出し、彼があいさつを返してくれる。
「コーヒー、飲みますよね?」
「ありがとう」
 コンピュータの前の定位置に腰を下ろす彼。
「どうぞ」
 心もち、カップを彼の方へ。
 彼はそれを取り、一口すする。
 普段の彼は、こんなことをしない。
 猫舌だから、しばらく置いてから飲む。
 私も椅子に掛け、自分のカップを手に取る。
 彼と同じように、一口すする。
 ちょうどいい具合の甘さ。
 彼はベランダへ出て、朝の一服に火を点ける。
 私はカップを手にしたまま、その後姿を眺めた。
 たぶん、これが今日3つ目の幸せ。
 いや、4つ目なのかも知れない。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏