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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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12


 そうか、そうなんだ。
 私は気づく。
 こんな心のもやもやしたものを、彼はSNSで吐き出していたんだ、と。
 自分の裡では抱えきれない思い。
 どうしていいか分からずに、文字として打ち込む。
 誰かに伝えるためじゃなく、独り言。
 それでも、どこかで気づいて欲しいという思い。
 漂流する言葉。
 ああ……
 私は、相当に彼に影響されてる。
 彼ならきっと、届かない言葉をそういうふうに表現するだろうと思ったから。
 漂流。
 彼の心は漂流している。
 ずっと、ずっと昔の人を想い続け、言葉を紡ぐ。
 見返りを求めない、放たれるだけの愛の言葉。
 そして、私も漂流する。
 私とエレノアの間で。
 彼に寄り添うというのは、同じく寄る辺ない頼りなさを共有すること。
 それなくしては、あり得ない。
 私は彼を見る。
 ディスプレイを凝視しつつ、時々文字を打つ彼を。
 彼が集中できないのは、私のせいでもある。
 気にしないでと言っても、やっぱり気になるに決まっている。
 ずっと独りだった彼の部屋に、知らない女の子がいるんだから。
 彼が気にしているのは分かっている。
 ショートパンツから伸びた滑らかな脚。
 Tシャツだけでブラを着けていない胸。
 でも、彼が気にしているのはそれじゃない。
 私の存在そのもの。
 ここに私がいるという空気。
 彼を助けたいと思いながら、妨げになっている私。
 どうしたらいいんだろう?
 でも、いまは黙っているしかない。
 見守っているしかない。
 そうか、こうやって彼の方を向いて座っているから――
 私は黙ってベッドに横になる。
 少しだけ皴になっている、彼の寝た場所に。
 うつ伏せになって、しばらくその感触に浸る。
 全身で彼を感じようと、マットレスと一体になってしまうかというくらいに。
 ちょっとずつ身体をずらして、奥の方に進む。
 天井に据え付けられたエアコンからの風は、羽根が上に向けられているにも関わらずベッドの方に強く吹いてくる。
 枕に頭を預け、布団を引き寄せる。
 使われていない方じゃなくて。
 健一朗の濃厚な匂い。
 汗と、彼の好きな香油の匂い。
 それと、これは――
 たぶん、涙の匂い。
 涙に匂いがあるのかどうか、私は知らない。
 彼は、夜中に眠りながら涙していることがある。
 それは、私だけしかしらない秘密。
 彼自身ですら知らないこと。
 寂しがって、時々端末の電源を切らずに寝てしまうとき、彼は眠りながら泣いている。
 彼の匂い、そして肉体の体温。
 私の発する熱。
 機械だけじゃなく、人もまた熱を持つ。
 でも、この熱は優しい。
 布団にくるまりながらも、私は彼から目が離せない。
 もう、本当に眠いのに。
 ディスプレイを真剣に見つめる彼。
 ときどき端末に目を向けながら。
 ねえ、私はここにいるんだよ――?
 そこには、私はいないんだよ――?
 私は彼の枕を抱き寄せる。
 その匂いを思いっ切り吸い込む。
 こんなにも、大好きなんだよ――?
 端末に書き込む。
 彼宛のDMに。
――ありがとう。おやすみなさい――
「おやすみなさい」
 私は言う。
 彼が、私をちらりと見る。
 そして、そっと微笑んでくれた。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏