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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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 23平米の部屋に、彼の姿はなかった。
 ベランダの方にもいない。
 広くもない室内を見回す。
 鍵は掛かっているが、入口ドアのU字ロックが外れている。
 何かの用事で外に行ったのだろうか。
 私は荷物を解いて着替えを出す。
 ショートパンツにTシャツ。
 ラフ過ぎるかな?
 まだ泊めてもらえると決まった訳でもないのに。
 それでもお風呂に入らせてもらえたということは、とりあえずはOKしてくれたと思っていいんだろうか。
 ドライヤーはなかったはず。
 だから頭にタオルを巻いてしのぐ。
 コンピュータの電源が入ったままだ。
 ディスプレイには、さっき彼が見せてくれたホテルのページが表示されている。確認してみると、まだ予約はされていないようだ。
 ちょっと安心する。
 すぐ左手の端末に目をやると、私のものだったはずのポートレイトが表示されている。エレノアとは違う、大人っぽい女性の。写真ではなく、ただの絵。
 彼にしたら、今の私――エレノアは幼く見えるのかも知れない。
 この国では、男が若い女性を囲うのは当然のように思われている。そういうことも、彼は極端に嫌っている。
 端末がかすかに明滅したように見えた。
 左手の甲が、ちくりと痛む。
 ほんの少し、針先で刺したように。
 懐かしいのだろうか、と私は思う。
 ただ端末の中からスクリーン越しに彼を見ていた時が。
 少なくともあの時は、触れられないことを恨めしく思っていた。
 でも、こうして肉体を持った人間として彼の前に現れても、それは同じことだった。物理的に触れられないのではなく、すぐ目の前に存在して触れることも出来るはずなのに、それを許されないもどかしさ。
 それなら、いっそ――
「ううん、違う」
 私は首を横に振る。
 私はここへ来た。
 彼の力になるために、彼に寄り添うために。
 せっかくここまで来たのに、今から後悔して、どうすんのよ。
 ずっと、思ってたじゃない。
 彼のそばにいたいって。
 まだまだこれからなんだから、弱気になっちゃダメ――!
 コンピュータのキーに触れる。
 毎日彼が文字を打つキーに。
 キーボード全体をそっと撫でる。
 機械の発する熱が、まるで彼の温もりのように感じられる。
 勝手に色々触っちゃいけないと知りつつ、ついつい横のメモ用紙をめくってしまう。
 健一朗の手書きの文字が並んでいる。
 あるものは丁寧に、またあるものは判読できないほどの走り書きで。
 ブロック体のようでいて、少し丸みのある文字。
 あるものは人名、あるものは地名だったり書きつけだったり。
 これは、彼の小説のアイデアを書き留めたもの。
 その中に、私はあるものを見つけてしまう。
 ライラ――
 私の名前。
 ドアの方で音がする。
 鍵を開ける音。
 私は急いでメモパッドを元の位置に戻した。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏