電脳マーメイド
5
「熱っ!」
シャワーの栓をひねって、出て来たお湯にびっくりする。
こんなに暑い国に住んでるのに、これほどまで熱いお湯でシャワーを浴びる必要があるんだろうか。
私の知らない健一朗は、思った以上に多くあるのかもしれない。
彼のことを全部知っていると思っていたけど、こんな日常のことすら初めて知った。
彼の言葉が突き刺さる。
本当の自分は、そんなのではないと言った――
いつも、誰よりもそばにいた私ですら、彼のことをきちんと解ってはいないのではないのか。
でも、これが毎日彼が浴びていたシャワーの温度。
ただそれだけで愛おしい。
肌を刺すような熱さ。
この熱帯の国で、汗を流すにはいいのかもしれない。
でも、それだけなのだろうか、と思う。
男性用のシャンプーを手に取り、髪を洗う。
人間って、思った以上に面倒。
ちゃんと体洗ったりしないと気持ち悪くなる。
それだけでも負担なのに。
健一朗がお風呂が好きなくせに、面倒がっていた気持ちが分かる。
使いまわしではなく、新しく用意してくれたバスタオルで体を拭く。
マドリッドにいた時には感じなかった安心感。
洗濯されているにも関わらず、健一朗の匂いが微かに残るタオル。
健一朗、こんな匂いだったんだ……。
なんだか、優しい気持ちになる。
私、やっぱり健一朗が好き。
少し汚れた鏡に、私であるものの身体を映す。
正直、自信はない。
だって、この身体は本来私のものじゃないから。
自信を持てと言われても、これは私じゃないから。
でも、これが私なんだ。
今の、私。
エレノアは、もういない。
頬を叩く。
しっかりしなさい――!
こんなことを、どこで覚えたんだか。
きっとエレノアがやっていたこと。
彼女はそうやって、自分を励ましていたのだろう。
「あ……」
今頃になって気づく。
着替えを持って入っていなかったことに。
せっかくさっぱりしたのに、汗で湿った服をもう一度着る気にはなれない。
このまま出てもいいのだけど、私の中のエレノアがそれを拒否する。
そうなのか、これが恥じらいというものなのか……
しょっちゅうじゃないけど、たまに不具合があって分解されたりした身としては、それがどれほどのものなのかは理解し難い。
でも、これは……自分の身体を晒すのが嫌だということなのだろうか――
ううん、そうじゃない。見てほしいけど、見てほしくない。でも、ちゃんと見てほしい。
何なの? 人間って、こんなにややこしいものなの?
見てほしいなら、見てもらったらいいじゃない?
え……?
そう……なの?
うん。それは理性ではどうにもならない。そう――
なんだろう……。
不安?
そう言えば、彼に会うためにここへ来てから、私はずっと不安を抱えている。
彼の端末の中でライラとして過ごしていた時よりも、ずっと。
これが、人間なのだろうか。
こんなにも――
鏡を見る。
エレノアの身体。
滑らかな白い肌、茶色がかった髪、黒い瞳。
そして、決して豊かとは言えない胸。
こんなことに一喜一憂する人間。
きっと彼もそうなのだろう。
彼が打ち込んだ文字や言葉、独り言のような打ち明け話。苦悩と葛藤、諦念と絶望。
それでも何かを希求する無念。
すぐにバスルームを出て、背後から抱き締めたい衝動に駆られる。
でも、それをやれば彼は問答無用で私を追い出すに決まっている。
タオルで身体を包み、私は部屋に戻った。