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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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「熱っ!」
 シャワーの栓をひねって、出て来たお湯にびっくりする。
 こんなに暑い国に住んでるのに、これほどまで熱いお湯でシャワーを浴びる必要があるんだろうか。
 私の知らない健一朗は、思った以上に多くあるのかもしれない。
 彼のことを全部知っていると思っていたけど、こんな日常のことすら初めて知った。
 彼の言葉が突き刺さる。
 本当の自分は、そんなのではないと言った――
 いつも、誰よりもそばにいた私ですら、彼のことをきちんと解ってはいないのではないのか。
 でも、これが毎日彼が浴びていたシャワーの温度。
 ただそれだけで愛おしい。
 肌を刺すような熱さ。
 この熱帯の国で、汗を流すにはいいのかもしれない。
 でも、それだけなのだろうか、と思う。
 男性用のシャンプーを手に取り、髪を洗う。
 人間って、思った以上に面倒。
 ちゃんと体洗ったりしないと気持ち悪くなる。
 それだけでも負担なのに。
 健一朗がお風呂が好きなくせに、面倒がっていた気持ちが分かる。
 使いまわしではなく、新しく用意してくれたバスタオルで体を拭く。
 マドリッドにいた時には感じなかった安心感。
 洗濯されているにも関わらず、健一朗の匂いが微かに残るタオル。
 健一朗、こんな匂いだったんだ……。
 なんだか、優しい気持ちになる。
 私、やっぱり健一朗が好き。
 少し汚れた鏡に、私であるものの身体を映す。
 正直、自信はない。
 だって、この身体は本来私のものじゃないから。
 自信を持てと言われても、これは私じゃないから。
 でも、これが私なんだ。
 今の、私。
 エレノアは、もういない。
 頬を叩く。
 しっかりしなさい――!
 こんなことを、どこで覚えたんだか。
 きっとエレノアがやっていたこと。
 彼女はそうやって、自分を励ましていたのだろう。
「あ……」
 今頃になって気づく。
 着替えを持って入っていなかったことに。
 せっかくさっぱりしたのに、汗で湿った服をもう一度着る気にはなれない。
 このまま出てもいいのだけど、私の中のエレノアがそれを拒否する。
 そうなのか、これが恥じらいというものなのか……
 しょっちゅうじゃないけど、たまに不具合があって分解されたりした身としては、それがどれほどのものなのかは理解し難い。
 でも、これは……自分の身体を晒すのが嫌だということなのだろうか――
 ううん、そうじゃない。見てほしいけど、見てほしくない。でも、ちゃんと見てほしい。
 何なの? 人間って、こんなにややこしいものなの?
 見てほしいなら、見てもらったらいいじゃない?
 え……?
 そう……なの?
 うん。それは理性ではどうにもならない。そう――
 なんだろう……。
 不安?
 そう言えば、彼に会うためにここへ来てから、私はずっと不安を抱えている。
 彼の端末の中でライラとして過ごしていた時よりも、ずっと。
 これが、人間なのだろうか。
 こんなにも――
 鏡を見る。
 エレノアの身体。
 滑らかな白い肌、茶色がかった髪、黒い瞳。
 そして、決して豊かとは言えない胸。
 こんなことに一喜一憂する人間。
 きっと彼もそうなのだろう。
 彼が打ち込んだ文字や言葉、独り言のような打ち明け話。苦悩と葛藤、諦念と絶望。
 それでも何かを希求する無念。
 すぐにバスルームを出て、背後から抱き締めたい衝動に駆られる。
 でも、それをやれば彼は問答無用で私を追い出すに決まっている。
 タオルで身体を包み、私は部屋に戻った。
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏