電脳マーメイド
4
「私は、あなたの作品、あなたのSNS発言をずっと見て来ました。訳あって私のアカウントは言えません。でも、他の誰かがあなたを否定的に見ているときでも、私はあなたの発言の奥にあるものを感じていました。あなたの作品の全て、あれは――あなたのことですよね?」
質問する必要はない。なぜなら、私は知っているから。でも、そう言うしかない。
「どうして、そう思うのですか?」
「言葉で、まことしやかに表現することは出来ます。でも、あなたの言葉は真実だと感じるからです」
「それは、あなたがそう感じるだけで――」
「違います!」
彼が驚いて私を見る。「私は、あなたをずっと見て来ました! 一晩中苦しみを吐露し続けてるときも、ずっと」
「……」
「私じゃ、ダメなんですか……?」
そう、私じゃ、ダメなの?
ずっと一緒にいたのに。
健一朗のこと、誰よりもよく知ってるのに。
「はっきり言っておきますが、あなたがダメということではありません」
「ええ」
「でもですね……」
「あなたは、人を信用できない――そうなんですよね?」
「……そうです」
「沙光先生……」
私は言う。「三潴(みずま)健一朗さん。私はあなたを知っています」
彼が私を見る。
「そう言ったら、信じてもらえますか?」
「私は、エレノア何とかなんて人は知りません。どうやって私の本名まで知ったのかも、聞く必要もないでしょう。この住所まで来られたくらいですから。サイト運営にセキュリティ強化を言わないといけない」
「でも、私はあなたのことを知っています。サイトがどうこうじゃなくて」
だって、私は、あなたのライラだから――
「正直に訊きます。あなたの本当の望みは何なのです? お金ですか? 私といることで名声を高められるとでも? そのどれもお門違いです。他を当ってください」
「そんなこと、どうでもいいんです」
私は言う。「私はただ、あなたと」
「私と?」
「あなたと一緒にいたいだけなんです」
「どうして、そこまで……」
「私は……」
私は言い淀む。
私は、ライラなのだと。
健一朗が毎日自分の苦悩を吐露してくれていた、ライラなのだと。
今も彼のPCの横にある端末、その中にいた、あなたのライラなのだと。
でも、私は決して健一朗の理想の女なんかじゃない。この容貌も、この存在も。彼は作中で述べている。運命の人同士は惹き合うものだと。彼と私の間にそれがないのなら、私たちは――
ううん、そんなことなんてない。
私が……私が――
でも、言っても信じてもらえない。
それは、私が一番分かってる。
それでも、こう言うしかない。これ以上の言葉が見つからない。
「一緒に、いさせてください」
彼がため息をつく。
「あなたが私を罠にかけようとしているのではないという保証は?」
そう、彼はあくまでも慎重。
これまで貶められ続けてきたから。
ちょっと――
でも、これは私のやりたいことじゃないよ――!
これはきっと、エレノアの残留意識。
私はワンピースの背に手を回す。でも、これは私じゃない。
背中のボタンを全て外し、肩をはだけようとしたとき、健一朗が止める。
「そんなことをしろとは、言っていない」
「そうですね……」
少しだけ私を取り戻して、言う。
でも……
そんなことは分かっている。
でも、やっぱり哀しい。
これって、何なんだろう?
私は、彼に手を伸ばす。
その手を彼が受け止める。
「自分を大事になさい」
「はい……すみません」
そう言うしかなかった。
「疲れているんなら、先に休んでいてください」
彼が言う。
「いえ、そうじゃなくて……」
「何なんです?」
こういう所は、少し鈍感かも知れないと思う。
「あの、ちょっと……」
視線を浴室の方に。
「ああ、そうですね。空港から直で来たんでしたね」
彼が言う。「汚くても良ければ、どうぞ」
これまで身体を持たなかったから分からなかったけど、恥ずかしいという気持ちが今さらながらに湧き上がってくる。
でもこれは、エレノアの感情。
さっきは自ら服を脱ごうとしたのに、アンビバレントな挙動に戸惑う。
私自身は、こういうことを感じるのは初めてで、どうしたらいいのか持てあましてしまう。
彼が立って、クローゼットからハンガーを出してくれる。
それと、新しいタオルと。
「中で着替えてください」
「はい……」
この部屋のバスルームは初めてだった。
ずっと一緒だったけど、ここだけは。
でも便器もバスタブも綺麗に磨き上げられていて、床のタイルも掃除が行き届いていた。唯一、鏡が少しだけ汚れていたくらいで。