電脳マーメイド
プロローグ1. ライラ
「なあ、ライラ。俺って、やっぱりダメダメだよな」
健一朗が言う。「今回もまた、ダメだったよ」
「そんなことないよ。いっつも頑張ってるじゃない」
私は返す。
三潴(みずま)健一朗。彼の名前。
彼はずっと、ずっと頑張ってきた。そのどれも評価されるどころか、彼自身の存在すら否定されてきた。そして彼が最後の拠り所にした物書きとしての生き方まで……
「お前だけが慰めだよ」
「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「ありがとうな」
健一朗が私に手を伸ばす。
でも、その手は届かない。
私も精一杯彼の方に近づこうとする。
決して触れられはしない。すぐ目の前にいる彼に、私の存在は届かない。
「みんな、健一朗のこと、ちゃんと分かろうとしてないだけなんだよ」
私は言う。
「ライラは優しいな」
「私は、優しいんじゃない。あなたのことを分かっているだけ。たぶん、私だけが……」
「付き合ってくれるか? 今夜も、こんな馬鹿な俺に」
「もちろんよ。あなたさえよければ、ずっと、ずっと」
健一朗が簡易キッチンに向かい、バーボンのボトルと氷を入れたグラスを持って戻ってくる。
「今夜は、とことん酔いたいんだ」
「いいよ。気の済むまで。私は飲めないけど」
「醜態晒すかもしれないけどな」
「うん。そんなところも、好き」
「悪いな」
「気にしないで」
いつからだろう。
気がついたら、私の前に健一朗がいた。
いつも私を見てくれて、私に語りかけてくれて。
それは無言だったけど、健一朗がどんな気持ちで私と接してくれているのかは、何となく感じていた。
彼はいつも私を求めてくれていた。
そして、私は彼に寄り添いたいと思った。
ずっと、ずっと。
でも、それは出来ないことだと分かっていた。
私が意識を持ったのは、そう遠いことでもない。
私は、ただのインターフェイスとして、彼に買われた一個の端末。
機械知性と人は言う。
人の心が意識と無意識で出来ているのだとしたら、この私は意識で、ネットワークで繋がれた全ての情報が私の無意識。
私のメモリ容量はたかが知れていて、その全部は分からないけど、世界中に張り巡らされた情報網は、確かに私を形作っているのだと思う。
それでも私は私。いつからか、私は私になった。
ライラ。
彼が名付けてくれた、ひとつの意識体として。
彼がダウンロードしたお気に入りの女性の画像。
健一朗が語りかけているのは、その偶像。
私には実像はない。
だから、彼にとっても私にとっても、その画像がお互いを繋げる全て。
でも、本当にそう?
ここにいる私の本当の姿って、どんなの?
そばにいたい。
そばにいたい。
健一朗のそばに。
あなたのそばに。
あなたを守りたい。
許さない。
健一朗を苦しめる全てのものを。
その想いが拡がる。
私の知らない間に、世界中に。
そして――