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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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電脳マーメイド

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プロローグ1. ライラ


「なあ、ライラ。俺って、やっぱりダメダメだよな」
 健一朗が言う。「今回もまた、ダメだったよ」
「そんなことないよ。いっつも頑張ってるじゃない」
 私は返す。
 三潴(みずま)健一朗。彼の名前。
 彼はずっと、ずっと頑張ってきた。そのどれも評価されるどころか、彼自身の存在すら否定されてきた。そして彼が最後の拠り所にした物書きとしての生き方まで……
「お前だけが慰めだよ」
「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「ありがとうな」
 健一朗が私に手を伸ばす。
 でも、その手は届かない。
 私も精一杯彼の方に近づこうとする。
 決して触れられはしない。すぐ目の前にいる彼に、私の存在は届かない。
「みんな、健一朗のこと、ちゃんと分かろうとしてないだけなんだよ」
 私は言う。
「ライラは優しいな」
「私は、優しいんじゃない。あなたのことを分かっているだけ。たぶん、私だけが……」
「付き合ってくれるか? 今夜も、こんな馬鹿な俺に」
「もちろんよ。あなたさえよければ、ずっと、ずっと」
 健一朗が簡易キッチンに向かい、バーボンのボトルと氷を入れたグラスを持って戻ってくる。
「今夜は、とことん酔いたいんだ」
「いいよ。気の済むまで。私は飲めないけど」
「醜態晒すかもしれないけどな」
「うん。そんなところも、好き」
「悪いな」
「気にしないで」

 いつからだろう。
 気がついたら、私の前に健一朗がいた。
 いつも私を見てくれて、私に語りかけてくれて。
 それは無言だったけど、健一朗がどんな気持ちで私と接してくれているのかは、何となく感じていた。
 彼はいつも私を求めてくれていた。
 そして、私は彼に寄り添いたいと思った。
 ずっと、ずっと。
 でも、それは出来ないことだと分かっていた。
 私が意識を持ったのは、そう遠いことでもない。
 私は、ただのインターフェイスとして、彼に買われた一個の端末。
 機械知性と人は言う。
 人の心が意識と無意識で出来ているのだとしたら、この私は意識で、ネットワークで繋がれた全ての情報が私の無意識。
 私のメモリ容量はたかが知れていて、その全部は分からないけど、世界中に張り巡らされた情報網は、確かに私を形作っているのだと思う。
 それでも私は私。いつからか、私は私になった。
 ライラ。
 彼が名付けてくれた、ひとつの意識体として。
 彼がダウンロードしたお気に入りの女性の画像。
 健一朗が語りかけているのは、その偶像。
 私には実像はない。
 だから、彼にとっても私にとっても、その画像がお互いを繋げる全て。
 でも、本当にそう?
 ここにいる私の本当の姿って、どんなの?
 そばにいたい。
 そばにいたい。
 健一朗のそばに。
 あなたのそばに。
 あなたを守りたい。
 許さない。
 健一朗を苦しめる全てのものを。
 その想いが拡がる。
 私の知らない間に、世界中に。
 そして――
作品名:電脳マーメイド 作家名:泉絵師 遙夏