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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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黄昏クラブ

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「あなたも、もの好きね」
「そうなの? って言うか、吉井さんはいつの間に来たの?」
「さあね。いつのことだか」
「ねえ、吉井さんって、どうしていつもひとりなの?」
 私はまたその問いを繰り返す。
「ひとりだからよ」
「いや、そう言うんじゃなくって……」
「じゃあ、あなたはどうして、いつも一人なの?」
「それは……」
 私は一瞬、言葉に詰まる。「家にいても、居心地が悪いから……」
「だから、逃げてきてるの?」
「ち、違う!」
 私は勢い込んで言った。「そういうあなたこそ、どうなのよ?」
「私?」
 彼女が小首を傾げる。「私は、ここにしかいられないから。それだけの理由よ」
「私は、家にいても煩くて勉強なんてできないから」
「そう。逃げてるわけじゃ、ないのね」
「当り前よ。あなたこそ、ここにしかいられないって、どういうことよ?」
「そのまんまよ」
「あなたは、朝はいつもいないし、夕方は下校時間を過ぎてもいるし。先生に怒られたりしないの?」
「怒られる?」
 彼女は、不思議そうに私を見返した。
「だって、そうでしょ? 私なんか、しょっちゅうせっつかれてるんだし」
「問題ないわ」
「どうしてよ」
「どうしてって? それはね、ここには誰もいないからよ」
「吉井さんは?」
 ふっと彼女が笑う。「私は、頭数には入らないわ」
 それは、そうかも知れない。休部中の閉鎖されているはずの部室をわざわざ点検することもないだろう。息をひそめてさえいれば、見回りの教師は素通りして当然のはずだった。だが、彼女はそういう意味で言ったわけではないと、私は思った。
「吉井さんは、ここにいるでしょ?」
「ええ、私はここにいるわ」
 寂しげな微笑と共に、彼女は言った。
「でも、さっきは、いないって――」
「そうよ。だって、私はいないんだもの」
「……それは、無視されてるってこと?」
 彼女は声も立てず、小さく吐息だけで笑った。
 私は、黙って彼女の横顔を見つめた。
「ねえ、時々この部屋から歌が聞こえるんだけど。あれはあなたが歌っているの? ほら、鞠と殿様っていう」
「私?」
 意外そうに、彼女は私を見る。「私は、何も歌わないわ」
「でも、知ってるのよね。前に言ってたでしょ?」
「ええ、知っているわ」
 そう言って、彼女は低く歌い出す。
「てんてん、てんまり、てんてまり。てんてん、手鞠の手がそれて、どこからどこまで飛んでった、垣根を越えて屋根越えて――」
 その歌声は、いつも聞こえてくる声音とは違ったものだった。
 うっとりと物思いに沈むような半目で歌い、彼女は私に視線を向けた。「あなたは、鞠つき遊びをしたこと、ある?」
「え、ええ。そりゃ、小さい頃に」
「鞠つきって、ひとり遊びよね」
「ん……、まあ」
 言われてみると、鞠つきを何人かでやった記憶はない。他の遊び、例えばゴム飛びやだるまさんが転んだ、がこめかごめ、花いちもんめ等は何人かで遊ぶものだ。お手玉やあやとりでさえ、二人以上で遊んだりしたのに、一種のボール遊びにもかかわらず、鞠つきだけは誰かとした覚えがない。
 でも、それと彼女がここに一人でいることとの間に何らかの関係があるのだろうか。
「鞠つきはリズムよね」
「ええ。そうね」
 手鞠唄のごくごく単調なリズムの中に、様々な動きが含まれている。今となっては詳しくは思い出せはしないのだが、足をくぐらせたり左右の手を替えたりという動作もあったはずだ。
「私も、小さい頃は、よくやったわ」
「よくってほどには、やった覚えがないんだけどね」
「それはきっと、ひとり遊びだからだわ。誰かと一緒のほうが、記憶は鮮明に残るでしょうから」
「まあ、ね」
 私自身、ここであの唄を聞くまでは完全に忘れてしまっていたのだから。
「小さい時には楽しかったことでも、大きくなったら忘れてしまう」
「う、うん。そうね」
「でも、思い出すということは、完全に忘れてしまったわけではないのよね」
「たぶん……」
「まるで、失くしものみたいね」
「失くしもの?」
「そう。大事にしまっておいたつもりが、どこへやったかを忘れてしまって、いつかはそれがあったことも忘れてしまう。それでも記憶そのものはどこかにあって、ふとした拍子に思い出す」
「上書き……」
 私は呟く。
「違うわ。埋もれていくだけ」
「うん……」
「忘れたつもりではいても、人間は全ての記憶を持っているのかも知れないわね」
 彼女は遠い目をして言った。
作品名:黄昏クラブ 作家名:泉絵師 遙夏