ここに来た20 おんせん県
20 おんせん県(日本 大分県)
家族3人で3泊4日の車中泊旅行をしようと、九州に出かけた時のことである。
かねて私は九州を仕事で飛び回っていたので、福岡、長崎、佐賀、熊本、鹿児島には何度も来ている。
沖縄にも。
あまり馴染みのない宮崎には、修学旅行で立ち寄った記憶があるが、大分には行ったことがなかった。
車中泊は最近始めたばかり。
車中泊客を受け入れてくれる道の駅や駐車場を探しておいて、お風呂は日帰り温泉を利用すれば、日本中どこへだって行ける。
大型のSUVでも、家族3人は結構キツキツだが、寝るだけなら足を伸ばしても十分な広さはある。
その分宿泊費が浮くので、毎回の食事にかける費用は、とんでもない金額に。
旅行中のエンゲル係数は、50%を優に超えている。
そこでやって来たのが『おんせん県』大分だ。
『うどん県』香川に倣って付けたようなキャッチフレーズだが、温泉くらいどの都道府県にもあるじゃないか。
なんで、大分が『おんせん県』を名乗るんだ? こんな疑問は当然だろう。
本州を西へ向かい、何時間もかけて九州に入った。
そこから大分まではあっという間だった。
すると途端に、大分に来たって思わせる雰囲気が、運転中の車窓からでも感じられる。
真っ白な湯気だ。湯気湯気湯気。また湯気。
高速道路を走行中、見下ろす街の景色のそこかしこに、もくもくと湯気が上がっているのが見える。
匂いも何となく硫黄っぽい気がする。
「見てみて、温泉だらけ」
「さすがおんせん県ね」
つまり、いきなり『おんせん県』を納得させられた。
街に入ると渋滞を回避しながらのプランに沿って、地獄めぐりをして、地獄蒸しを食べる。
なんだ蒸し野菜かと思いながらも、地獄蒸しプリンに極楽饅頭、名物を求め、あちこち立ち寄って、有名なとり天(テンプラ)や関サバも堪能した。
娘が行きたがっていた乳白色の日帰り温泉に立ち寄ると、そのお湯、本当にすごい色してる。
真っ白な泥の湯にも浸かった。
そこだけじゃない。次の日の朝に立ち入ったローカルな地元の温泉は、鉄さび色。
また別の場所は、青みがかったトロンとした泉質。
湯の花がふわふわ浮くような、ゴミ交じりとも言えるお湯。
ちょっとネットで調べすぎたせいか、あんまり観光客相手に準備しているとは思えないような、ローカルな湯屋を何か所も回りながら、有名観光どころは押さえるといったプランだった。
その内、妻と娘からクレームが出た。
「頭洗えない」
理由は湯治を基本としたような小さな施設では、水道水は水しか出なかったからだ。
お湯は湯船にしかない。つまりものすごく濁っている。
これは確かに私でも、頭を洗うのは躊躇する。
そりゃ、もっとお金のかかった施設に行けば、タオルや浴衣まで揃って、サービスに問題ないだろう。
100円玉を缶カンの中に入れて利用するような施設巡りじゃ、どうしようもなかった。
それで、ちょっと高めのしっかりした温泉施設を、食事を兼ねて利用することにした。
私たちは透明なお湯に安心感をもって利用できたし、やっと頭が洗えて、女二人の機嫌も治ったのだが、私はちょっとした違和感を覚えた。
そこの露天風呂に個人利用できるツボ湯が設置されていたのだが、それは1~2人がやっと入れるくらいの大きさの陶器の壺でできていた。
それには信楽焼の製品だということが表記されている。
なんで九州で関西(滋賀県)のバスタブなのか?
九州には有名な焼き物の産地も多いのに残念だ。
レストランには郷土料理があるにはあるのだが、ほとんどはハンバーグや唐揚げと言った大衆メニューばかりだった。
旅行気分も台無しだ。
きっとこの施設は、地元の方が利用されるレジャー温泉施設なんだろうな。
透明な温泉の方が、大分県じゃ非日常なんじゃないかな?
あの濁った様々な温泉は、昔ながらの馴染み親しんだ湯ってこと。
そんな湯に浸かる習慣がなかった私は、大分の温泉文化に驚きだ。
単に温泉が多く湧き出ているという事じゃなく、その文化自体が『おんせん県』を自負してるんだと理解した。
おわり
作品名:ここに来た20 おんせん県 作家名:亨利(ヘンリー)