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ミゾロギなんとかは《帝銀事件の犯人のような知能犯が、本人から直接受け取った名刺を悪用するだろうか?》などと言う。だが平沢は自分が疑われるとまったく思っていなかった。10月に松井名刺を使ったのは、松井もしくは松井のまわりの医学関係者に疑いがいくと考えてのことであり、絵描きの自分を警察が訪ねてくるなんて思いもよらなかったのだ。同じ名刺が100枚しかないなんていうのも予想外だった。
 
そう考えれば何も不思議なことなどない。平沢は、さして頭が良くもない。上着に手を突っ込んで、「アッ、スラれた」なんてのを、ちょいちょいやる程度の男だ。
 
セーチョーの『小説』によれば居木井警部補は佐藤を調べに行かせた後、他のパトロンとされる人物からも、
 
   *
 
平沢という人はあまり信用できない人だ、
 
   *
 
というような話を聞いたとなっている。それから、
 
   *
 
平沢の評判を聞いて回ったが、評判は大体よくなかったので、警部補は自信を強めた。
 
   *
 
とも。そうとしか書いていないがやっぱり何人もの人が、平沢がカネを返しに来たと思うと上着に手を突っ込んで、「アッ、スラれた」というのをやられているのだろうか。
 
いずれにしても平沢は、帝銀事件の一週間前、日本橋の三越での日米交歓会に絵を搬入する際に、上着に手を突っ込んで「アッ、スラれた」とやっている。そうして会費の150円を払わず済ませた。
 
それはセーチョーがみずから『小説』に書いてることだ。にもかかわらずセーチョーはこの1947年8月12、その日ばかりは本当に、平沢は佐藤にカネを返すつもりで財布に一万二千円入れ、途中でスラれたに違いないと言う。その財布に松井名刺が入っていたのも絶対、事実なのに間違いあるはずないと言う。
 
その根拠は、話が嘘とは断定できないからである。断定できないということは、話が本当ということだ。そうでないなんて考え方をするやつがいたらおかしいゾ、と。
 
当然だろう。松井名刺の入った財布をスラれた話が本当でないなら、平沢が帝銀事件の犯人で間違いないことになってしまう。もちろん、おれはこの一件だけでも平沢を有罪・死刑にしていいはずだという考えである。アメリカの陪審員裁判ならばこれだけで、12人中9人くらいは〈ギルティ〉としてしまうかもしれない。
 
これに対して、〈ノット・ギルティ〉と言い張るには、スラれた話は本当かもしれないじゃないか、ワタシは信じる、平沢氏はその日だけは佐藤にカネを返すつもりで一万円を財布に入れ、松井名刺も入れていて、スラれて気づかなかったのだ、と言いつづける他にない。
 
ミゾロギなんとかなんてやつも、完全に同じ考えのようですが、あなたはどう思いますか。しかし、この話には、まだまだまだまだ続きがあります。それは次回に書きますのでどんとみすいっと。ついでに、次のもどうぞよろしく。
 
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作品名:端数報告 作家名:島田信之