小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

端数報告

INDEX|26ページ/78ページ|

次のページ前のページ
 

 オレは名刺班に入ってからこの話を聞いたんで、念のため調べてみた。たしかにスリの届けは出てる。よし、では届けたときの状況をもう一度調べようと思ったんだ。そしたら先輩が「そんなこといまさらやってもムダだ」って意見をはさんだよ。それでもオレはやった。
 
   *
 
すると、こっからどうにもいろいろ話が食い違ってくるが、セーチョーの『小説』によると古志田(居木井)警部補が、
 
   *
(略)七月六日ごろ、刑事を、平沢画伯のパトロンと聞いた鉛筆会社社長佐藤健雄のところに調べにやった。
 その結果、佐藤はこのように刑事に言った。
「私はパトロンでもなんでもなく、平沢から、家を建てるから、一万円貸してくれ、と言われ、そんなに親しくもないのに、図々しいと思いながら貸してやりました。すると、八月の暑い日に、その金を返しにきたと言いましたが、上着のポケットを見て、あっ、掏られたと言い出しました。しかし、私は、人に返す金は大切にして持っているのがふつうだから、掏られたというのは嘘だと思って、信用しませんでしたが、一応届けたほうがいいというと、帰りの電車賃もないし、買い物もしなければならないので、五百円貸してくれと言いますので、千円貸してやりました」
 この報告で、スリの被害届を受け付けた荒川署三河島駅前交番の金井巡査について調べると、近所で買い物するときに気がついた、という届であったことが判った。古志田警部補は、佐藤の話と違うので、おそらく被害届は嘘だろうと考えた。
 
   *
 
つまり要点として、佐藤なる人物は《上着のポケットを見て、あっ、掏られたと言い出し》たと言っているのに、被害届では《手提鞄に入れておいた財布ごと盗られ》たということになっていることだろう。スリと置き引きじゃ話が違う。だがセーチョーはこれについて、
 
   *
 
 問題は、平沢の言うように、この鰐皮の財布に松井博士の名刺が入っていたかどうかということである。しかし、それは証明されていないのである。届を受けつけて、届書を書いた金井巡査は、現金が一万二千円入っていた、と聞いただけで、名刺のことはなんにも聞かなかった、しかし、被害者が、財布には大したものは入っていなかったとでも言えば、届になんにも書き入れない場合もある、とは言っている。だから、被害届に名刺のことが書かれていなかったとしても、この財布のなかに松井博士の名刺が入っていなかった、と断定することは出来ない。
 
   *
 
と書いている。おいおいおい。
 
《断定することはできない》ねえ。ずいぶん便利な言葉だよね、《断定することはできない》って。宇宙人が地球人の中に混じって生活していないと断定することはできない。シャーロック・ホームズが実在し、まだ元気で生きていて、今日もどこかで世界の危機を救っていないと断定することはできない。0パーセントの確率も100パーセントに変えられる非常に便利な言葉ですよね。
 
(今のお金で)100万借りて返しにきたやつが上着のポケットに手を入れて「あっ、スラれた」と言い出して、睨みつけたら交番に行き被害届を出していやがる。けれどもその届では、置き引きに遭ったことになっている。でもって「5万貸してくれ」。それに対して10万貸すやつも珍しいと思うが、こんな話を嘘ではないと断定することはできないという理由によって信用できるものとする。そこに名刺が入っていたという、帝銀事件の後になって出てきた話も疑う理由がないことにする。
 
これがセーチョーの論理である。スリの話が届では置き引きになってる点は問題にしない。ちなみにいつか紹介した『未解決事件の戦後史』という本では、この部分は、
 
   *
 
 都内在住の平沢だが、この頃は小樽に長期滞在中だった。また平沢は、件の名刺は盗難に遭ったバッグに入っていたものだと証言し、実際に盗難届も警察に提出されていた。それでも居木井は平沢に固執し続け、強引に接触。食事を共にする場を設け、記念写真と称して、その顔写真を入手するなどもした。
 
『未解決事件の戦後史』(著・溝呂木大祐 双葉新書 リンク貼れず)
 
などと書かれている。見事なまでの消防署の方から来た文であり、これではまるで事件当日北海道にいたようにさえ読めてしまうが、既に長くもなったのでこの話は今日はここまで。顔写真うんぬんの話も含めて後日、あらためて稿を起こして書くことにします。とうびいこんてにゅうど。
 
それから、どうぞこちらの方の作もよろしく。
 
コート・イン・ジ・アクト [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/a21d2f7ea7a234f89c95e804f9f6e1ec/?l-id=search-c-item-img-01
 
シリーズ全話の無料試し読みはこちら
 
コート・イン・ジ・アクト試し読み版 [電子書籍版]
https://books.rakuten.co.jp/rk/ac5c59bc89d43d5a8da74dfe1651f208/?l-id=search-c-item-img-07
作品名:端数報告 作家名:島田信之