このコーヒーを飲み終えたら
「このコーヒー美味しいな」
(そうだ。思い出した。これ、いつも母さんが淹れてたコーヒーだ)
(紗英と隆志なんて家族は俺にはいないや・・・二人は確か母さんの知り合いで、あの踏切で事故に遭った親子だったよな)
(・・・・・・本城奈美恵。・・・そうか覚えてるぞ。俺が中学の頃、同じあの踏切で自殺したクラスメイトだ)
(なんでそんな人たちが、俺の夢に出てくるんだ? まったくおかしな話じゃないか)
(カウンセリングのメンバーもきっと僕に関係のある人たちだったんだな。或いはその悩みは僕の心理そのものかも・・・)
達也は少し笑った。
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「まさか父さんまで、あの事故で亡くなったなんて、知らないわよね。鉄道事故を無くそうと、そういう仕事に就いたのにね」
松井かなみは、病室のベッドで眠る達也にそう話しかけた。
「お母さま、本当にいいんですね」
「既に3か月この状態が続いて、回復の見込みがないなら。息子にこれ以上辛いことを続けさせたくありません」
そう言いながら、植物人間となった息子の手を握って、涙を流した。
「この子が最後のコーヒーを飲み終えるまで、待ってやってください」
主治医の町田は、サイドテーブルに置かれたコーヒーカップを見て、
「ではコーヒーが冷めましたら・・・」
やがて生命維持装置は外された。
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達也は深い意識の奥底で、母親の淹れたコーヒーを飲み終えた。どこかでお代わりを聞かれたような気がしたが、
「本当にいいの?」
「大丈夫です」
そして冷静に息を整えて、目を覚まそうと努力した。
「起きられ・・・。目を覚ませない。・・・あれ? 何か変だ。・・・何も考えられなくなってきた。・・・何も感じない。眠い・・・眠い・・・でも眠りたくない・・・ああ、・・・・・・夢の中でも眠れるんだな・・・・」
完
作品名:このコーヒーを飲み終えたら 作家名:亨利(ヘンリー)