砂の音
カーテンを開けると朝日がまぶしかった。こんなにまぶしいものだったかと、良枝は改めて思い知ったような気がした。
人気のない外からは、鳥の高い鳴き声がした。夏の終わりを告げ、秋の気配を感じさせるような音だった。
仕事が休みの日曜日でも、良枝は毎午前六時に起きていた。一週間の生活リズムは日曜日に決まるという話を聞いてから、そうするようになった。
顔を洗って、朝ご飯を食べ、食器を洗う。すると大体七時を過ぎた頃になる。平日ならばこの後すぐ、歯を磨き、服を着替えて、化粧をする。
洗面所で歯を磨きながら、良枝はやっと今日が日曜日であることに気がついた。だが、ただそれだけだった。
ジーパンと長袖のシャツに着替え、溜まっていた洗濯物と部屋の掃除機がけを済ませる。すると、もう何もするべきことはなかった。何かしたいことも、良枝にはさっぱり思いつかなかった。まだ始まったばかりの日曜日が、とても果てしない時間のように感じられた。
良枝はインスタントコーヒーを作り、ダイニングのソファーに腰掛け、一口飲んだ。外はまだ少し静かだった。
一体自分はこれまで、日曜日をどうやって過ごしてきたのだろう。
そう考えて良枝は、あ、と声を漏らした。
そうだ。日曜日はいつもあの人と一緒にいたんだ。
でも、あの人はもういない。
この世のどこにも、いない。
テーブルの上にコーヒーカップを置いた瞬間、微かにサァッという音が聞こえた。カップを持っていた良枝の右手には違和感があった。
良枝は、もしや、と思った。
右手をカップから放して見てみると、小指が付け根からまるごと無くなっていた。カップのまわりには、白っぽい砂が散らばっていた。砂はテーブルの下にもいくらか零れ落ちていた。
あぁ、やっぱり、また砂になったんだ。良枝はため息をついていた。
テーブルの上の砂を左手でかき集め、小さなポリ袋に入れた。砂は粒が小さく、サラサラしていた。砂を入れた袋は寝室の卓上鏡のそばに置いた。そこには砂の入っている袋が他にも二、三個あった。
先月あたりから、時々こういうことが起こるようになった。指が突然砂になる。しかし数分後には元に戻っている。何かの奇病かと思い、ネットで調べたり病院に勤めている友人に聞いてみたりもした。しかし何も分からなかった。最初こそ不安だったが、段々と慣れてしまい、今ではもうどうでもよくなってしまっていた。
ソファーに仰向けになって、右手を天井にかざした。小指だけが綺麗に失われている。
海に落ちて、死体も上がらないままのあの人は、今頃はもう海の中に溶け始めているだろうか。
もしも、このまま私の体すべてが砂になってしまうのであれば、あの人のいる海の中に散りたい――――散ってしまいたい。
右手の人差指が砂になって静かに崩れ落ち、顔にかかってしまった。良枝は反射的に体を起こし、顔にかかった砂を払い落とした。ペッ、ペッ、と口の中の砂を吐き飛ばしながら、口の周りについた砂をティッシュで拭った。
――――私は、生きていかなきゃいけないんだろうな。
外は段々と人の気配がし始め、車の走る音も聞こえてきた。
良枝の目からは涙がこぼれ、頬についていた僅かな砂を流していった。