オヤジ達の白球 71話~75話
「いま大変なものを見た。
たったいま俺の目の前で、対岸のビニールハウスが倒壊した。
大丈夫か、おまえさんのビニールハウスは?」
「ありがとうございます。心配していただいて」
「信じられない光景を見たばかりだ。心配するのはあたりまえだろう。
だいじょうぶか、おまえさんのビニールハウスは?」
「残念ながら全壊してしまいました。たったいま」
「ぜっ、全壊!。ホントか・・・
だがそれにしては、いやに冷静だな」
「ハウスが崩れ落ちていく様子を、この目で見ました。
想像を絶する光景を目の当たりにすると、言葉が出ないというのは
本当です。
呆然と、ただただ見つめるだけでした。
しかし。目の前のこの現実をまだ、信じることが出来ません。
なんだか悪い夢を、見ているような気がしています」
(悪い夢じゃねぇ。間違いのねぇ事実だ・・・これは!)
しかし。祐介の口からその言葉は出てこない。
言うべき言葉を失ったまま、祐介が、携帯を握り締める。
「監督。申し訳ありません。もう、電話をきってもいいですか。
徹夜でハウスの雪下ろしをしました。
疲れ切ってもう、全身がクタクタです」
「おう。そうしてくれ。まずは休むのが一番だ。
わるかったな。こんなときに、電話をかけたりして」
「いえ。心配の電話をいただいて、感謝しています。
でも、いまは頭の中が真っ白です。
とりあえず一眠りしてそれからじっくり、あとのことを
考えたいと思います」
「そうだな。それがいい。そうしてくれ。まずはゆっくり休め」
それだけ言って、祐介が電話を切る。
ポケットへ入れようとした瞬間、着信が来た。
発信を見る。陽子からだ。
「なんだ・・・なんの用だ?」
「ねぇ。驚かないでよ。あたしいま、2階から表の様子を見ているの」
「どうした。何か見つけたか?」
「見つけたなんてものじゃないわ。
信じられない光景が、あたしの目の前にひろがっているの」
「潰れたカーポートなら、いくつも見てきた。
しかし。それだけじゃねぇ。
対岸のキュウリのビニールハウスが潰れていくのをたったいま、
この目で見た」
「そう。あなたも観たの。じゃ、それほど驚かないわね。
ここから見下ろすことのできるビニールハウスは、1
2から13棟くらいかしら。
でも無傷のビニールハウスがひとつもないのよ。
ぜんぶ、潰れてるの。
のしイカのように、ぺしゃんこに潰れたハウスもあるわ。
農家のビニールハウスをまるで、内陸部の津波が襲ったような
光景だわ・・・
(72)へつづく
作品名:オヤジ達の白球 71話~75話 作家名:落合順平