先生の言葉 全集
105.不死族のきまり
死ぬことがない不死族にとって、死とはどういうものなんですか?
うーん。当たり前といえば当たり前なんですけど、怖いという負の点と良い点とどちらもありますね。
やはり死ぬことで自分がなくなるということはとてつもない恐怖ですし、この迷宮に限って言えば、どんなに優秀で知識や武具を蓄えた冒険者も死んでしまえば、それらが奪われたり失われたりしまうのは、ちょっともったいないなあという気がしてしまいますよね。きっちりそれらを若手に引き継いでいれば良いのですが、秘密主義だったり自分たちで栄誉や財産などを独占したいという気持ちだったりで、なかなかそれができないなという気がしています。
反対に良いなあと思う点は、やはりこの世界から去ることができるという点でしょうか。自分の境遇に納得できなかったり、もうここには居場所がないと感じれば、多大な苦痛と引き換えにいなくなることができる。私もこの地を立ち去る手段はありますが、より確実にことを運べるのは大きいですよね。
え、あまりピンと来ない? それはこの世界で、あなた方がまだ必要とされているからだと思いますよ。それに、最奥の魔術師を倒して狂王の近衛兵に選ばれて栄誉に与るという「やりたいこと」もあるでしょうしね。
例えばわれわれ不死族の中には、もうこの世界での望みは潰えて希望も何もない中、疲れ切っている体を引きずって、どうにかその日に食べる分の腐肉にありついているものたちも存在します。彼ら、まあ、私もその中に含まれますが、は死ねない以上、来世に期待するわけにもいきません。最近は異世界に転生する話が好評のようですが、そんな夢すらも見られないんです。斬りつけられたり、殴られたり、魔法で焼かれたりしても、時間がたったら再生してまたこの世界にいるんですから。
とまあ、私はざっくりこんな思いを抱いています。
でも、不死は不死で良いこともあるものです。仲間のモンスターやあなた方冒険者を何世代もリアルタイムで、しかも直接話したり、ときには戦ったりして追い続けることがことができる。文化人類学だの民俗学だのをやっている人なら、モンスターや冒険者の迷宮内での営みを克明に記録して書物に残したくなるんじゃないでしょうか。
実は昔、そういうふうに文章の形で皆さんのことを残したいと思ったこともあったんですが、うまくいかなくて放り投げてしまいました。私にも文才があればなあと今でもたまに思いますよ。