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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導士ルーファス(1)

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 カーシャの蒼眼がキラリーンと輝いた。その瞳に映ったのはガレー船の帆だった。帆に描かれた図柄は、酒場にいたヴィーングが腕に入れていた刺青と同じ。
「間違いないわ」
 船のサイズはこの時代にしては平均的、十数人乗りの小型船で、カヌーを大きくしたような形をしている。
 ホウキを急降下させて、カーシャは船の真横に併走した。
 銀髪のカーシャを見たヴィーングたちが凍り付く。ひと目で?アイーダ海の白い悪魔
だと知れたのだ。
 すぐにヴィーングたちは武器を構えた。だが、まだ仕掛けてこない。
 しばらくして、ぐぅんと人相の悪い船長が顔をひとつ前に出した。
「?アイーダ海の白い悪魔?だな? おまえさんがこの船になんのようだ?」
「そこに隠れてる男をまずアタイに渡しな」
 酒場から逃げた男は人影に隠れていたが、すぐにカーシャと目が合ってしまった。
 船長はうんとは言わなかった。
「おれたちゃ、同士を売るようなマネは絶対にしねぇ」
「あっそ、なら連帯責任は免れないわよ……覚悟はいい?」
 カーシャの周りに集まり出す蒼いマナフレア。魔導の力が発動されようとしていた。
 航海を続けていた船が突然止まった。
 強い北風に煽られ帆はなびいているにも関わらず、なぜか船が止まってしまったのだ。
 ヴィーングのひとりが身を乗り出して船の底を見ると、なんと海が凍り付いてしまっていた。
 殺らなきゃ殺られる。そんな空気が張り詰め、血走った眼でヴィーングたちがカーシャに矢を放った。
 一瞬にして凍り付く船板。ヴィーングたちの足が止まった。いや、止められた。
 凍り付いたのは船板だけではない。ヴィーングたちの足までもが凍り付き、船板に張り付いてしまったのだ。
 カーシャは冷笑を浮かべる。
「何日くらいで死ねるかしら?」
 足を凍らされ、その場から動くことも逃げることもできない。広い海の上、ただ死が訪れるの待つのみ。
 自由に動く上半身を動かして、ヴィーングは斧を投げつけてきた。
 カーシャのその斧を取るでもなく、躱すでもなく、ただ手のひらを突き出した。
 すると、斧はカーシャに当たる寸前、蒼く凍り付いて粉々に砕け散ってしまった。
「まだアタイに牙を向けるなんて良い度胸してるじゃない?」
 微笑を浮かべたカーシャは船に降り、持っていたホウキを風車のように回した。
 強い北風が吹き、空気の中の水分が氷結する。
 ヴィーングたちは氷の中に閉じこめられ、恐怖に歪める顔を冷凍保存することにしなってしまった。
 満足そうにうなずくカーシャは、積んであった積み荷を物色することにした。
 木箱がいくつか並べられ、ひとつ開けてみるとワインが詰め込まれていた。
 他の木箱にはチーズなどの食品の他、レッドハーブ、ブルーハーブ、薬草などの類もあった。
「あまり金目の物はなさそうだから、薬草を少しもらっておこうかしらね。マーちゃん、使えそうな薬草を袋に詰めておいて」
「人使いが荒いにゃ」
「アンタ人じゃないでしょ」
「言葉のあやだにゃ」
 マーブルは小さな身体を一生懸命動かしながら、大きな木箱を開けて中の薬草を集めはじめた。
 カーシャは最後に残っていた木箱を開けることにした。これには頑丈な南京錠がかけられていた。
 白いカーシャの手が南京錠に触れると、一瞬して南京錠は凍り砕け散った。
 木箱のフタを開けたカーシャは眼を丸くして、凍ったように身動きを止めてしまった。
 なんと木箱の中には子供がいたのだ。それも手足を縛られ、口にも布をかまされている。身なりの良いドレスを着たブロンドの少女だった。
 鋭い目つきで少女はカーシャを睨んでいる。
 数秒カーシャは動きを止めた後、見なかったことにした。
 子供をめんどくさいから好きじゃない。
 バタンと木箱のフタを閉めてマーブルを見る。
「そろそろ行くわよ」
「その箱の中身はなんだったにゃ?」
「別になにも入ってなかったわよ」
 と、カーシャがウソをついた瞬間、木箱がガタガタと大きく揺れた。
 なまぬる〜い眼でマーブルはカーシャを見ている。
「本当はなにが入ってるにゃ?」
「なにも入ってないわよ」
 サラッと白々しいウソ。
 当然、マーブルはそんなウソを信じるハズがなかった。
 マーブルは自ら木箱を開けた中身を見た。やっぱり中には縛られた少女が入っていた。
「にゃ、子供が入ってるにゃ!」
 驚くマーブルにたいしてカーシャは惚けとおす。
「子供? なにそれ、どこにいるの?」
「ついに老眼が……ぐえっ!」
 マーブルの身体が鋭く蹴り飛ばされた。もちろん蹴っ飛ばしたのはカーシャ。
 帆に激突して、そのまま床にも激突したマーブルは、そのまま身動きひとつしなくなった。
 さよならマーブル!
 そして、すぐに蘇るマーブル!
 やっぱりカーシャの下僕だけあって、いろいろと打たれ強いのだ。
 マーブルはヨロヨロしながら、再び身を乗り出して木箱の中を覗いた。やっぱり少女は入ったままだ。
「やっぱり子供は入ってるにゃ……にゃっ!?」
 奇声をあげるマーブル。
 何者かに背中を押されて木箱に押し込まれ、フタをバタンと閉められた。何者って回りくどい言い方をしているが、もちろんカーシャだ。
 フタの閉まった木箱がガタゴト揺れて、中では壮絶な何かが繰り上げられているようだ。そして、聞こえてくるマーブルの声。
「人質に取られたにゃ、助けてにゃーっ!」
 どうやらマーブルは人質に取られたらしい。
 しかし、カーシャはサラッと。
「そんなホコリ臭い人形ならくれてやるわ。さよならお嬢ちゃん」
「ヒドイにゃ、おいらがどうなってもいいのかにゃ!」
「アンタに命を吹き込んであげたのはアタイよ。その命、どう使おうとアタイの勝手でしょ」
「ペットは責任を持って飼わなきゃいけないにゃ!!」
 激しく木箱が揺れた。
「俺を自由にしてくれたら宝石でも何でもくれてやる!」
 その声はマーブルでもカーシャでもなかった。
 となると……?
 なにか心変わりでもあったのか、カーシャは木箱のフタを開けた。
 口を縛っていた布が外れ、少女の瞳はまっすぐカーシャを見据えていた。
「早く俺を自由にしてくれ!」
 綺麗な顔をした少女が俺――オカマかっ!
 カーシャは不適に微笑んだ。
「アンタに興味がわいたわ」
 タマがあるかないか!?
 そこではなかった。
「アンタ何者なの?」
「言いたくない」
 少女はそっぽを向いて口を閉ざしてしまった。
 そっちがその手ならカーシャはこっちの手を使うまでだ。
「あっそ、さよならお嬢ちゃん」
 背を向けたカーシャを見て少女は焦る。
「待て、縄をほどいてくれたら教える!」
「イヤよ、そっちが身元を明かすのが先よ」
「……縄を解くのが先だ」
「そうだ、この船のヴィーングどもはみんな動けないから。運良く他の船に発見されたら幸運だわね」
 そう言って再び背を向けたカーシャを見て少女が折れた。
「……皇女だ」
「はっ?」
「ランバード王国の第一皇女フェリシア・ランバードだ」
「……おもしろそうな話になって来たじゃない?」
 眼をキラキラに輝かせるカーシャ。
 南アトラス大陸の大国ランバードの第一皇女が、なんとヴィーングの武装船の中で拘束されていたのだ。