魔導士ルーファス(1)
先ほどまで閉まっていたドアが自然に開き、アフロヘアーの人影ぐぁっ!
ルーファスは声をあげるでもなく、真正面を凝視してしまっていた。
ボクサーの格好をした黒人男性。しかも犬顔をしたアフロ。
ヤヴァイ、ぜんぜん怖くない。
ベンジョンソンさんはトイレットペーパーをルーファスに差し出している。
「受ケ取ッテクダサイ」
カタコトの言語が胡散臭さ満点だ。
しかし、なんかの魔力なのか、ルーファスはトイレットペーパーを受け取ってしまった。
「あ、どーも。ありがとうございます」
「10ラウル貰イマス」
「はぁ?」
財布なんて持ってないし、10ラウルなんて持ってない。
「10ラウルクダサイ」
「あ、だから、ええっと……(10ラウル渡さないと、どうなるんだ?)」
ルーファスはトイレットペーパーを返そうとしたが、受け取ってくれない。
「返します」
「10ラウル」
「返すってば」
「10ラウル」
「だから返すって言ってるでしょ!」
「10ラウル!」
ついにベンジョンソンさんがルーファスに襲い掛かってきた。
しかもベンジョンソンさんってばヤル気満々。
いつの間にかベンジョンソンさんの拳には赤いグローブが嵌められ、シュッシュッと振られる拳からはなぜか赤い液体が飛び散る。
まさかその赤い液体って……。
ルーファス爆逃!
片足でピョンピョン跳ねながら逃げる。
その後ろをダッシュしてくるベンジョンソンさん。
深夜の病院での奇怪な追いかけっこ。
長い廊下をひたすら逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
逃げる。
「……おかしい」
逃げても逃げても突き当たりがない。
リューク国立病院はアステア王国一の敷地面積がある。が、そーゆー問題以前の問題が起きているらしい。
「……同じ道じゃ……?」
そう、さっきから同じ廊下をリピートしているのだ。
こんなことでは体力が続かず、いつか力尽きてしまう。
そういえば、こんな怪談をルーファスは思い出した。
無限廊下の話だ。
永遠に続く廊下に閉じ込められた者が翌日死体となって発見された。不思議なことに、その被害者はたった1日しか行方不明になっていないはずなのに、何日も廊下を歩き続けたように痩せこけて力尽きていたのだという。
怖ッ!
廊下に閉じ込められたうえに、後ろからはベンジョンソンさんが追ってくる。
片足ピョンピョンは想像以上につらい。
「もう……ダメだ……」
バタっとうつ伏せでルーファスは力尽きた。
「(きっとあのグローブでボコボコに殴られるんだ)」
死を覚悟したルーファスに迫るベンジョンソンさん。その影はもうルーファスの真後ろに立っていた。
「10ラウル」
「……だからないって言ってるのに」
ぐったりと伸ばされたルーファスの手になにかが触れた。
指先に触れた冷たく硬い感触。
それを握り締めたルーファスは、顔の近くで手を開いた。
「ああっ!」
ルーファスの掌に握られていたのは、なんと10ラウル硬貨!
「やったーっ10ラウルだ!」
誰が落としたのか知らないが、落としてくれてありがとう。
ベンジョンソンさんに10ラウルを渡すと、グッドと親指を立てて笑って去っていった。
眩しすぎる笑顔だった。
「……いったなんだったんだアレ?」
トイレのベンジョンソンさん。そもそもオバケなのかもわからない。よくわからない存在だ。
腹痛はいつの間にかどっかに消えてしまったが、急な尿意がぶり返してきた。
だけど、もうトイレになんて行きたくない。
けれど、トイレに行かないと漏らしてしまいそうだ。
どうするルーファス!
そんなとき、廊下に響いた謎の足音。
ルーファスが床に這いつくばったまま、遠くの暗がりに目を凝らした。
T字路を横に抜ける影。
出たーっ!
「(絶対幽霊だ)」
と、ルーファスは思い込んだ。
謎の影が消えた方向は、ルーファスの病室がある方向だ。つまり返り道。
怖くて帰れないし!
かといって、トイレの方向に引き返すのもイヤだ。
そうだ、もしかしたら目の錯覚だったかもしれない。
一晩に2回も超自然物体に出遭うはずがない。
オバケなんていないのだ!
と、気合を入れてルーファスは匍匐前進をはじめた。
一生懸命部屋に戻る途中、ルーファスは気配を感じて後ろを振り返った。
誰もいなかった。
気のせいかもしれないけど、怖いので匍匐前進のスピードアップ!
オマエの方が怖いよってな動きでガザガサっとルーファスは急いだ。
自分の部屋はもう目の前だ。
今日は電気をつけて眠ろう。
むしろ、朝まで起きてよう。
やっと部屋の前についてルーファスが立ち上がろうとした瞬間、向こう側からドアが開いた。
「ギヤァァァァァッ!!」
悲鳴をあげてルーファスは立ったまま気を失った。
ルーファスの股間に染み渡るあったかいぬくもりが……。
嗚呼、放尿。
ルーファス17の秋だった……。
作品名:魔導士ルーファス(1) 作家名:秋月あきら(秋月瑛)