フリーソウルズ2
Scene.31
農協駅前
広島県ふくやま市戸野町
農業婦人 「起きんさい(裕司を揺り起こす)」
裕司 「んんん・・・(生返事)」
農業婦人 「着いたよ」
重い瞼をこじ開けて声のするほうを見る裕司。
段ボールの箱の上に日焼けした年配の女性の顔を認める裕司。
記憶にない初めて見る女性の顔である。
寝起きの曖昧な記憶を辿る裕司。
腕の中に生き物の体温を感じる裕司。
ジローである。
軽トラックの荷台に段ボール箱と一緒に丸まっている裕司とジロー。
段ボールにはトマトの絵と稲穂が描かれている。
農業婦人 「よう寝てよったね」
裕司 「ここは?」
農業婦人 「農協。戸野本町の」
裕司 「戸野?」
農業婦人 「言うてもわからんか。広島県ふくやま市」
軽トラックから段ボールをおろし台車に乗せ始める農業婦人。
地名を聴き間違えたか、と狼狽える裕司。
裕司の心の声「目が覚めたらきっと自分は神奈川の団地の4階の自分の部屋にいるはず」
しかし、様子が違う。
農業婦人 「あんた横浜って言いよったね。送るのはここまでだわ」
裕司 「え? 僕、言いましたっけ?」
ふくやま農協と名入れされている段ボールを見つめ現実を渋々受け入れる裕司。
裕司 「・・・なんで僕はここに?」
農業婦人 「覚えておらんのかね、山道をふらふらになって歩きよった」
裕司 「す、すみません」
腰を浮かしかけたが、足腰に力が入らない裕司。
段ボール箱からトマトをひとつ取り出して裕司に手渡しす農業婦人。
礼もそこそこに、真っ赤なトマトに齧りつく裕司。
農業婦人「(荷おろしをしながら)なんであんな山奥におったんやろうね」
頭の中に深夜の森の中で見た白い光が浮かぶ裕司。
裕司 「わ、わかりません」
裕司の口の周りにトマト果汁がべったりついている。
トマトの残り汁をジローに舐めさせる裕司。
農業婦人 「(手をとめ)親御さんが心配なさっておろう」
女性が段ボールを台車に積み終える。
「ご苦労さま」と言いながら、キャップを被った初老の男性が近づいてくる。
初老男性の白いシャツの胸元には農協職員のネームタグ。
すぐにトラックの荷台にいる裕司に気づいて女性に尋ねる初老男性。
初老男性 「知り合いの子?」
農業婦人と初老男性に頭をさげる裕司。
収穫を控えた稲田が両側に広がる道をとぼとぼ歩く裕司とジロー。
のどかな田園風景を仰ぎながら自問自答する裕司。
裕司の心の声「僕は誰だ? 椿谷裕司だ。椿谷裕司って誰だ?」
民家や商店が並ぶ町のエリアに近づく裕司とジロー。
鉄道線路沿いに小さな駐在所がある。
ガラス戸を通して駐在所の中の様子が窺う裕司。
事務机とパイプ椅子はあるが警察官の姿はない。
内心、ホッとしする裕司。
以前にコンビニ強盗に間違われて職質を受け、警察に対しては負の感情しかない裕司。
救いの手と呼べるものは警察だけかなと思案する裕司。
駐在所を通り過ぎてしまう裕司。
惰性で鉄道の駅に続く歩道をジローと歩く裕司。
生徒手帳もスマホも財布もない裕司。
一番にジローを心配する裕司。
裕司の歩調に合わせて歩いたり止まったりを律儀に繰り返すジロー。
ジローを見て溜息をつく裕司。
ジローと視線を合わせてほほ笑む裕司。
駅前の車寄せにあるバス停のベンチに座りこむ裕司。
車寄せにバスは一台も停まっていない。
ベンチに女子校生がふたり、おしゃべりしながら近寄ってくる。
スマホの動画に夢中になっている女子高生たち。
裕司に気を留めることなく裕司の隣のベンチに座り話を続ける女子高生たち。
女子高生A「すっごい、何これ? 衝撃映像?」
YouYubeを再生しているスマホ。
ベンツ、タクシー、バイク、路線バス、トラックが次々に衝突炎上し、地獄図と化した交差点を映している。
女子高生の傾けたスマホの映像が目に入る裕司。
フラッシュバックが起きて身体が固まってしまう裕司。
駅前交差点の多重事故。
街頭カメラ映像には収録されていない衝撃音。
あの日の体験が脳裏に蘇る裕司。
女子高生B「ねえ、でもさ、あたしユアトってちょっとタイプかも」
我に帰った裕司は、ピンク色のスマホを持つ女子高生Bに言う。
裕司 「それ、見せて」
不審者を見るような態度でスマホを手のひらに隠す女子高生B。
次の瞬間、手を開いてスマホを裕司に差し出す女子高生B。
裕司 「ありがとう」
女子高生Bからスマホを受け取る裕司。
裕司をじっと見つめたまま、間を置いて小さく呟く女子高生B。
女子高生B「どういたしまして・・・」
女子高生A「ちょっと何してんの?」
女子高生Bがなぜそのような言動をしたのか訳がわからない女子高生A。
手渡されたスマホの動画を少し戻して再生する裕司。
裕司の心の声「間違いない。敦木駅前の多重事故。でもなぜ、SNSにあがってるの?」
動画のタイトルを見る裕司。
”ユアト セカンドインパクト”
投稿者の名前は、ユアト。
裕司の心の声「誰だ? ユアト?」
動画を見ているうちに胸を強い圧迫感を感じる裕司。
ひきつった表情で立ち尽くす裕司。
裕司を見て怯える女子高生たち。
スマホを裕司に預けたまま逃げるようにベンチから立ち去る女子高生たち。
女子高生A「どうしちゃったの、ミカ?」
女子高生B「わかんない。身体が勝手に・・・」
離れた場所だが女子校生たちの小声の会話を聞いてしまう裕司。
その声とオーバーラップして別の声が聞こえる裕司。
”ワレハワレノミデハナイ。ワレワレガテヲツナグトキ、ソレハシンパンノトキデ
アル”
洞穴で聞こえてきた呪文のようなフレーズが何度も繰り返される。
裕司 「あああああああああああ」
声を振り払うかのように叫ぶ裕司。
女子校生たちが裕司の声に驚いて逃げる。
裕司の手からスマホが滑り落ちる。
ジローが吠える。
バス停にバスが到着する。
ジローの鳴き声にハッと我に帰る裕司。
地面に落ちる前にスマホを素早くキャッチする裕司。
駐在所のガラス戸が内側から開き、警察官がベルトを締め直しながら四角い顔を出す。
バスから乗客が降りてくる。
スマホをそっとベンチの上に置く裕司。
警察官が裕司のほうに近づいてくる。
ジローの頭を撫でつつ、警察官の動きを察知する裕司。
すくっとベンチから立ち上がる裕司。
俯いたまま警察官のほうに近寄っていく裕司。
裕司のあとをついていくジロー。
警察官 「キミ・・・」
と口が動かしかける警察官。
ぬうっと顔をあげて警察官の口元を見る裕司。
裕司の目を見た途端、グッと息を詰まらせる警察官。
金縛りに遭ったように手足が動かなくなる警察官。
目だけで裕司を追う警察官。
警察官の横をジローを伴って平然と風のように通り過ぎる裕司。
駐在所の前を横切る裕司とジロー。
つんのめってバス停ベンチ手前で立ち止まる警察官。
警察官 「えーっ(息を吐きる)」
慌てて駅前周辺を見廻す警察官。
警察官 「(呟くように)家出人のファイルにあった顔・・・」
裕司らの姿のない駅前周辺。
ベンチに取り残されたピンク色のスマホが目に入る警察官。
動画再生中のスマホ。