星降る夜に
(今日会えたら、私をどう思っているか訊くつもりだったのに……その時、彼がなんて言うのかを聞くのは怖いけど、もう宙ぶらりんは嫌……でも、これが答えなんだろうな……)
【♪まだ消え残る 君への想い 夜へと降り続く】
ツリーの周りからはどんどん人が少なくなって行く……。
瑞恵は夜空を見上げた。
まばゆいばかりのイルミネーションが夜空を照らし、星はほとんど見ることが出来ない。
(星が淋しいな……田舎じゃもっと降るように見えたのに……)
都会のまばゆさに憧れて上京した……まばゆい人工の光、それは待ち合わせにやってこない『彼』と重なる……。
ふと、疲れを感じた……憧れは憧れのままである時が一番美しいのかもしれない……。
このツリーだって、魔法で輝いているわけじゃない、無数のLEDが仕込まれているだけ、電気が切れればただの樅の木……そう思うとちょっと空しい。
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善男は時計を見る……9:45、さすがにこの時間になれば待ち合わせの人影はまばら。
このツリーの前に立ったのが6:50、あと5分で四度目の『クリスマス・イブ』が流れる筈。
(もう沢山だ、この上ダメ押しまでされたくはないな……)
善男はツリーを囲んでいるベンチから腰を上げた。
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瑞恵は時計を見る……9:45
ここに着いたのが7:35、もうすぐ三度目の『クリスマス・イブ』が流れる筈。
(もう一回聴いたら、泣いちゃいそう……)
瑞恵は立ち上がってコートの裾を直した。
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「あ……」
「あら……」
「もしかして……瑞恵?」
「やっぱり善男君だ」
「高校の卒業式以来になるのかな?」
「ええ、そうね、善男君は東京の大学に進んだんだよね」
「ああ、それからずっとこっち、瑞江は?」
「あたしは三年前から……ひょんな所で会ったわね」
『こんなところで、どうしたの?』と言う問いを、善男はぐっと飲み込んで、自嘲気味に笑顔を作った。
「ははは……俺、フラれちゃったみたいでさ……」
「……実は、あたしもなの……」
「……」
こんな時になんと言ったら良いのか……善男にはとっさには思いつかなかったが……。
「あのさ……これ、花束……持っててくれねぇ? ずっと抱えてたから腕が疲れちゃってさ」
義男が花束を差し出すと、瑞恵はクスリと笑った。
その拍子に涙が一筋こぼれそうになったが、それは手袋でそっと押さえた。
「いいわよ、あたしもフラれたみたいに見られなくて済むから……」
時刻はとうに過ぎているが、予約したレストランに電話してみると、席は空いているのでお待ちしていますと言う返事。
「席、空いてるってさ」
「それはそうでしょうね、この時間だもの……あ、もしかして、ご馳走してくれるの?」
「どうせ、ドタキャンになったら料金取られちゃうしね」
「わざわざそんなこと言わなくてもいいのに」
「え? ああ、まあ、そうだったね」
「ふふふ……正直なんだから」
二人は、少しぎこちなく笑い合った。
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本来は別の女性と楽しむ筈だったディナー。
しかし、約束の相手とのディナーでは何かと気が張るが、瑞恵の唇から流れ出す懐かしいアクセントはむしろ心地良く、自分も喋るのに気を使わなくて済むのが嬉しい。
本当は別の男性と過ごす筈だった夜。
高校時代の思い出話や、卒業後のクラスメートたちの進路や近況……全然オシャレな話題じゃないけど、素直に楽しい。
「向こうじゃ、もうかなり積もってるんだろうなぁ、雪」
「きっとそうね……」
東京のクリスマスに雪が降ることはほとんどない。
窓から差し込む明かりはLEDの光ばかり。
しかし、二人はテーブルに暖かな雪明りが差し込んでいるかのように感じていた。
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結局、閉店間際まで話し込んで、二人は再びツリーの前。
店舗が一斉に店じまいを始めると、ツリーのイルミネーションも徐々に消えて行く。
「あ……星が見える」
「本当だ、イルミネーションに邪魔されてたんだな」
「きっとそうね……」
二人はしばらく星空を見上げていた。
「あ、この花束、貰っちゃっていいの?」
「ああ、もちろんいいよ……それと……これも良かったら」
「何?」
「ペンダントなんだけどさ……なんか、使いまわしみたいで悪いんだけど……」
「来年まで取っておけば良いのに」
「来年か……いいよ……なんかさ……」
「なんか……何?」
「いや、なんでもない」
「じゃ、あたしからもお返し」
「え? 何?」
「ネクタイピン……ちょっと派手かもしれないんだけど」
「そうなの?……」
「こっちも使いまわしみたいでごめんね」
「いや……」
「あたしも、それを来年まで取っておく気は全然ないから」
「どうして?」
「そんな気にならないだけ……もういいの」
「いいって……カレシ、諦めるの?」
「諦めるんじゃなくて、もういいの……あのね……」
「何?」
「あたし、やっぱりイルミネーションより星明りのほうが好きみたいって、わかっちゃったから……」
「あ……あのさ……俺もそう言おうとしてたんだ」
「今日はありがとう、さっき、ばったり会った時は泣きたい気分だったのに、今はなんだかあったかい気持ち」
「まあ、その……なんだ……俺もだよ……」
【♪街角にはクリスマスツリー 銀色の煌き Silent Night, Holly Night】
銀色の煌き、それは星の煌き。
イルミネーションに隠されてしまう淡い煌き。
しかし、それは静かな、聖なる煌き……。
そして、消えることのない永遠の煌き……。
二人は肩を寄せ合うように、もう一度星空を見上げた……。
(『星降る夜に』 終 良いクリスマスを……)