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月影暗し高瀬川

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月影暗し高瀬川
短日極まる冬至、高瀬川の夜も更けて、人影はなく寂しげな風情の月影だけが頼りなげに川面を漂っている。空気は寒々として、月影は冷たい。川面にホテルの光がきらめく。立夏から立冬にかけて、短いが熱い付き合いをした、あの女との記憶が体の奥で強烈に蘇ってきた。
あの女とは立夏に木屋町で出会った。連休は独り身にはつらい。つい飲みに出てしまう。あの女は37歳、家庭内離婚中の母子家庭と話していた。立ち飲み屋で隣同士になって、純米酒やお互いの境遇の話題で盛り上がったのだ。それから勢いで会うたびセックスし、小遣いを渡したが、好感を抱いていたというものの、あの女もお金を当てにしていたはずだ。
男は古希、10年以上の別居を経て昨年離婚したばかり、認知症の母との母子家庭でもあった。妻がいないおかげで母の世話が思い通りにできたから、別居はよい結果をもたらした。もし、妻に介護を頼んでいたら、母には不満がうまれ、妻にも遠慮しなければならなくなっただろう。
離婚がスムーズに進み妻への援助がなくなって経済的余裕ができていたし、女を追っかける時間も生まれる。離婚を切り出した妻にはきっと、将来が見えてきたのだと思われる。お互いの利害は一致した。
立秋ごろから、あの女がおかしくなった。二度三度と約束をドタキャンされて男は痛くプライドを傷つけられた。男には恋愛感情が芽生えていたし、娘のような年頃でもあったから多少のことはがまんできたが、その気持ちや期待を裏切られたと感情的になって「ばかにしているのか」とメールを送って「もう会わない」「おしまい」と通告してしまった。なんと、あの女は「了解しました」だった。不思議な女だ、理解を超えている。それまではけんかをしても、謝ってきたのに。
不思議と言えば、別れた妻も相当変わっていた。母の世話で衝突し、ある夜からぴたりと帰宅しなくなった。下着もなにもかもそのままである。奇妙な女だった。
10年以上も別居していて、妻の男性遍歴は、友人たちとの酒飲みの席で与太話として聞かされることになる。聞かされても何も感じなくなっていた。野良猫を飼っているような気分だった。
あの女とけんか別れして、恋人をなくしたような焦燥感が、深まる秋とともに募ってくる。高瀬川の女たちの中にあの女がいないかどうか、人影を追っているのに気が付いて、年甲斐もないことではないかと、自分で自身に言って聞かせた。
別れた妻は奔放で、なぜ結婚したのか、今となってはそれが謎だ。人気者の女優と付き合っている気分であった。ジャズピアニストの妻とあの女とはジャズという接点がある。また、性的自由を行使しているのも共通している。家庭内離婚と家庭外結婚、どこか似ていなくもない。セックスは巧みで、没頭しながらのセックスのはずなのに第三者が介在してくるのも共通している。
別れた妻との別居中の後半、5年間付き合った、かしこい女がいた。バーで隣り合ったが、近所に住んでいるというので親しくなった。男は、かしこい女の頭でするセックスが気に入った。欠点は気が強いこと、けんかが絶えなかった。しかし、セックスの相性がけんか別れを予防した。すっかり体も気持ちもなじんだ5年め、秋も深まるころ、かしこい女は突然、別れを切り出した。

会いたいな
-----あら、うれしいお誘いですわね
気になってしかたがなくて
----ほんとに
熱燗の季節やから
-----人肌、恋しいんでしょ
Mでね、オナニーしている
------あらあら、相変わらずお元気なことですね。
木屋町のお店はどう
-----そうしましょう

メールは、面と向かっては言えないような甘い言葉を発信できる。駆け引きには都合がよい。言葉遊びが得意な女性にとって便利すぎる道具だ。
 二人は、「水魚の交わり」の額が掲げられている和食の店で落ち合った。かしこい女の希望だった。
女は変身していた。真っ赤なコートが手元にあった。深いブルーのワンピースは、胸元が乳房の下あたりまであいていた。
「びっくりやな、えらい目立つや、ないか」
「ヨーロッパはね、フランスの国旗みたいにはっきりした色を着こなすのよ」
「そうなんか、ええ色やな、黒はどうなん?」
「黒は着ない、ヨーロッパの社交界は、何でもよいから青、やね」
「ロイヤルブルーやろ、エレガントやね」
「ミッドナイトブルーです、Aちゃんが気に入ると、思って」
「黒く見える」
「紫が入ってるのよ」
「品があるなあ」
「おおきにありがとさんどす」
「芸舞妓はんやん、完璧な花街のアクセントやな」
「おおきにありがとさんどす。時々お茶屋さんに行くのよ」
「へええ、金持ちなんや」
男は、かしこい女が付き合っているはずの男性を想定した。女は返事せず、笑っている。
「ねえ、ノーブラなん?」
「そうよ」
かしこい女の乳房は小さめだったが、それでも胸元が気になる大胆な装いだ。
「ところで、どうしてたん?」
「あなたとつきあっても、幸せになれないから、それなら早めにお別れしようと」
「誰か好きな人ができたんやろ」
「長引いてね、あなたを逆恨みしても、ね」
かしこい女は見事に解説した。男はあらためて女の賢さに感心した。かしこい女は、ほかの二人と違って経済的自立心が十分なのも、落ち着いた人間関係構築に役立った。

別れた妻がいて、理不尽な別れをしたあの女の記憶が鮮明だからゆえに、男の自信を回復させるかしこい女が求められた。かしこい女のセックスは忘れられない。男は、からだ、こころ、あたまが、バラバラになっていく。 

「なにか変わったこと、あったかな」
「台湾へ行ってきた」
「なんでまた」
「いま、お付き合いしてる人がね、芸能界との付き合いでツアーに行こうって、誘われて」
「なんなん、それ、コンパニオンか」
「ちゃうやん、私が役に立ってんのよ」
「そうやな、英語が得意やからな、仕事か」
「ぜーん、ぜーん、楽しかったわ、大変身してね、注目されたから」
女はまるでスターのようなていねいな扱いを受けたのだ。髪型は、男性の美容師が助手とともに、
時間をかけて結い上げた。お化粧も徹底してほどこされた。お尻が小さいのでチャイナドレスが身についた。
「スリットが、足の付け根からあってね、慣れなかったけれど、きれいに見えるらしくて自信ができたの」
「画像、見せて」
かしこい女はアイフォンを開いて、男に見せる。
「別人やな、送ってよ」
「気が向いたら送るわ、気に入ってるの」
付き合っている男性のことを知りたかったが、謎めいた台湾旅行は詮索しないで、男はかしこい女の画像に見入った。
チャイナドレス姿をかしこい女は、気に入った。大発見である。こんなにぴったりな服はない。かしこい女は胸もお尻も小さいから、ずっとコンプレックスを抱いていたが、シルクのチャイナドレスのおかげで、スタイルに強い自信を持てるようになった。下着なしを勧められて抵抗があったが、トライすると皮膚の上に「皮膚感覚」を重ねたような不思議な気分になれた。浴衣に近い。浴衣は素肌に着る。生足がいい。浴衣なら太ももがこすりあう。
作品名:月影暗し高瀬川 作家名:広小路博