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浜っ子人生ー「白い歯」の思い出

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昭和何年頃だったのかはっきり憶えていないが、未だ毎晩停電があった頃の事だったから、恐らく二十年秋から翌年の夏ごろぐらいまでの事だろうと思う。

 私の町から踏切を渡って、旧国道1号線の反対側にある氏神様と呼ばれていた杉山神社のお祭りが再開された。長く苦しい戦争がやっと終わってからは、戦中は途絶えていたお祭りが日本中のあちこちで息を吹き返していた頃だ。

 まだロ―・ティ-ンだった私も、一人前のお神輿担ぎの仲間に入れてもらい、大きなお兄さん達の間に混じって一生懸命担いでいた、と言うよりぶら下がっていたと言う方が正しかったかも知れない。

 御霊入れと呼ばれる深夜の行事のあと、僕等はお神輿を担ぎ、一号線に沿ってJR保土ヶ谷駅の方に延びる国道沿いに、白々と見えるだけの道路を
「ワッショイ」、「ワッショイ」
とお神輿をもみながら進んで行った。
 その途中、ワッショイ、ワッショイと懸命にお神輿をもんでいた私の背中が何か柔らかいものに触ったので振り向いたら、暗い中にキラリと光る白いものが見えた。

 お神輿を見に来ていたのか警戒のために来ていたのかは判らなかったが、国道沿いに立っていた一人の進駐軍の黒人兵士に私の背中がぶつかったのだと分かった。暗い中で黒い兵士の顔は余り良く見えなかったけれど、それだけに笑っているその白い歯の光がとても印象的だった。

 敗戦の屈辱を味わっていた当時の私達だったが、暗い中でキラリと光った黒人兵の白い歯から受けた印象は、
「もう戦争が終わったんだよ、これからはスマイルの時だよ」
と言う暖かさ、平和の兆しみたいなものを感じ取ったのを、それから半世紀以上もたった今でも思い出す。

 それから30年以上が過ぎて、私は仕事でアメリカの南部のルイジアナ、ミシシッピーやアラバマ州と言う黒人の多い地域を屡々訪れた。彼らを見る度にあの御霊入れのお神輿を担いだ夜、背中に触れたあの柔らかい感触と白い歯を懐かしく思い出したのである。

 しかし、こういう地域で見かけた黒人たちの姿からは、あの戦勝国米国の軍人としての誇りとゆとりを持った黒人を見かけることはなかった。これら南部の州、特にミシシッピー河のデルタ地域には湿地帯が多く、そういう地域で床を上げた粗末な家々の前のベランダに、昼間から無気力に座っている黒人達が数多くいた。

 ニューオーリンズのフレンチ・クォーターで聴いた黒人霊歌やジャズは素晴らしかったし、南部へ来たんだなと言う思いがしたが、現実に見たり、短い言葉を交わした黒人たちからは、あの心温まる白い歯は見つけられなかった。

 ミシシッピー州ビロキシーの浜辺にある、5~6人も入れば満席と言う小さなバーが気に入っていた私は、ニューオリンズ空港から一時間も車を飛ばしたあと、ホテルへ行く前に先ずそこに足を止め、口数の少ない年老いた黒人の叔父さんにいつものようにビールを頼んだ。

 夜でも気温が高く湿気の多いビロキシ―、冷えた一杯のビールは長旅の疲れを癒す最高の持て成しだった。ある時、白い歯の思い出をこの叔父さんに話した時、彼は首を振りながら、
「戦争みたいのがある時だけ俺たちは人間扱いされるんだよ」
と寂しそうに笑った。

 その笑みにはあの暗闇で見たキラリとした輝きは見えず、私はとても悲しい気分になった。バーの薄暗い光の中で人種の違いが生む壁の厚さ、アメリカと言う国が持つ果てる事のない人種問題にじかに触れた心地がした。
                     

               (完)