今よりも一つ上の高みへ……(第一部)
記者たちが詰めかけた会見場、司会役を務めるのはレッドシューズの女性広報担当、髪をきりりとアップにまとめ、チームカラーの真っ赤なスーツに身を包んでいる、正面テーブルに既に座っている監督はさすがに紺色のスーツだが、ネクタイは真っ赤、そしてテーブルにかけられた布はピンク、背景の布もピンクでレッドシューズのロゴである、山下公園にある『赤い靴はいてた女の子像』のシルエットが真っ赤に染め抜かれている、その上テーブル上は花で飾られている。
見慣れた記者会見場とはまるで違う雰囲気に戸惑い気味の記者たちの前に現れた雅美のいでたちと言えば……。
シーガルズのチームカラーであるマリンブルーのロングドレス姿、ノースリーブで肩が露出している上に襟ぐりも大きく空いている、そして足元は赤いパンプス。
ポニーテールがトレードマークの雅美だが、今日はそれを解いてセミロングストレートの黒髪を肩に垂らし、真珠のネックレスまでつけての登場だ。
学生服やスーツでの会見ばかり見ている記者たちがあっけにとられる中、雅美は背番号11が付いたシーガルズのユニフォームを羽織り、髪をポニーテールにさっとまとめると、それを通せる孔が空いた特製の帽子をかぶって着席した。
その間、カメラのフラッシュが間断なく光っていたのは言うまでもない。
「この度、神奈川シーガルズさんから指名を頂きました、石川雅美と申します」
雅美がそう挨拶すると、さっそく質問がぶつけられた。
「そのユニフォームは……既に入団に合意されていると言うことですか?」
「はい、内々に条件の提示も頂いています、明日にでも先方に伺ってサインさせて頂きます」
「石川さんの最高球速は120キロ程度と聞いておりますが、そのスピードで男性に混じってやっていける自信は?」
「正直言って私にもわかりません、ストレートで勝負できるとは思っていません、ですが、ナックルボールが打ちにくいのは女性でも男性でも同じではないかと思います、絶対に通用しないと思えば指名をお受けしません」
「その背番号は今季限りで引退された加藤投手の番号ですね?」
「はい、小学生の時からつけている愛着のある背番号です、ドラフトされたと言っても6位ですから特に希望はお伝えしていませんでしたが、丁度空いたからと提示していただきました、加藤投手にも電話でご挨拶させていただきましたが、頑張ってくれと言って頂きました」
「データを持っていないのですが、身長、体重は?」
「身長は170センチです、女性では大きい方だと思いますが、男性ならごく普通ですね、ですが、このくらいの身長で活躍されている選手も多数いらっしゃいます……体重は……ヒミツです」
ペロッと舌を出して微笑んだ雅美の様子に、記者席にも笑いが広がった、それ以後は辛辣な質問は出ず、ここまでの球歴や目標とする選手など、野球選手としての雅美を知るための質問に終始した。
「目標とする選手は?」
「日本にはナックルボーラーはいらっしゃいませんので……元祖ナックルボーラーのフィル・ニークロ投手に憧れています、大リーグで318勝を挙げた大投手ですので目標だなどとおこがましいことまでは言えませんが」
「最後にもうひとつだけ、カレシは居ますか?」
「ええ」
「それは野球選手ですか?」
「いいえ、選手ではなくて、野球そのもの、今は野球がわたしの恋人です……」
作品名:今よりも一つ上の高みへ……(第一部) 作家名:ST