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今よりも一つ上の高みへ……(第一部)

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1.編成会議



 プロ野球・湘南シーガルズの関東方面担当スカウトは、かねてからあるピッチャーに目を付けていた。
 はっきり言って無名の選手と言うわけではない、国際大会でも充分な実績を挙げているのだから。
 だが、他のどのチームにもマークされていない事も確信していた、なにしろ自分でもとんでもないことを考えているものだとさえ思うのだから。
 しかし、スタンドからそのピッチャーが投げる様子を見ていると、その堂々としたピッチングには食指を動かさずにはいられない……。
 スカウトは手帳を開き、そのピッチャーの名前に赤丸を付けた。
「善は急げと言うからな……まずはファーストコンタクトを取っておくか……」
 ゲームセットの声を聴くと、スカウトはスタンドを後にして選手通路に向かった、普通は立ち入り禁止だが、シーガルズの身分証を見せれば話は通してくれるだろう……。


 その数か月後、ドラフト会議を控えて湘南シーガルズの球団事務所では編成会議が開かれていた、これまで幾度となく開いてきた会議、今回はその最終確認になる。
 シーガルズは今季7チーム中5位と奮わなかったが得点力だけを見ればリーグ2位、低迷の主たる原因は投手陣にあることは明らかだった。
 故障が多かったこともさることながら、故障者が出た時にある程度の穴埋めができないのは投手陣の層が薄いからだ、と言う認識は出席者が共有する問題意識だった。
 それゆえ、ドラフト1位から4位までを社会人か大学生の即戦力ピッチャーに充てる、と言う方針は早い段階で決まり、候補者は既にリストアップされている、指名が競合してくじ引きに外れた場合の対応も問題なく決まって行った。
 5位には東北方面担当スカウトが見つけた『掘り出し物』の高校生野手を指名することも了承された、身体能力、センス共に秀でているのだが、野球を始めたのが高校からと遅く、在学している学校も野球では無名なので中央球界にはほとんど名を知られていない、大きな伸び代が魅力の選手だが、おそらく5位ならば問題なく指名できるだろう。
 そこまでは波風なく順調に決まって行ったのだが……。
「最後に6位だが……石川投手を指名したいと思う」
 GMの高山がそう発言した時ばかりは異論も出た。
「貴重な指名権を無駄にするつもりですか?」
 招聘したばかりのピッチングコーチ・高橋は明らかに不満そうだ。
「それよりワンポイントリリーフに使えそうなピッチャーをお願いしたいですね、独立リーグに使えそうな左のサイドハンドがいるじゃないですか、どうしても石川を採るとおっしゃるならそれはそれで構いませんが、育成で充分でしょう、他にリストアップしているチームがあるとは思えませんしね」
「いや、エースを手放すからには6位でも良いからドラフト指名して欲しいと言う所属チームからの要望があるんだ」
「そんなもの、本人の意思次第じゃないんですかね」
「普通はそうだな、だが、石川のケースは特別だ」
「はなっから特別扱いするんですか? そんな選手が使えますかね」
「本人の要望ではないんだ、だが、チームに、と言うよりもリーグに敬意を表する必要があると思わんかね?」
「どうですかね、私には理解できません、言いたいことは言いました、最終的に判断されるのはGMですが、その前に現場を預かる監督の意見もお聞きしたいですね」
 そう振られて監督の大川も口を開いた
「私もね、最初に石川のことを聞いた時は冗談かと思ったよ、到底通用しないだろうと思ったからね、だがスカウトが熱心に推して来るんでスタンドに足を運んでみたんだ、実に堂々としたピッチングだったよ……確かにプロで通用するかしないか、試してみなければわからない、だがドラフト下位の選手は誰でもそうだろう? 可能性に賭けて指名するんだ、石川には賭けてみる価値がある、そう思う」
 大川監督の言葉を受けて、営業部長が発言を求め、起立した。
「私からもお願いします、ウチは今季、観客動員も落ち込んでます、華のあるスターがぜひとも欲しい、石川には他の追随を許さない華があります、成功すれば女性客の倍増も見込めます」
 営業部長は深々と頭を下げてから着席したが、高橋は辛辣な言葉を投げかけた。
「客寄せパンダですか、もっとも通用しなけりゃ笑いものになりかねませんがね」。
 だが、営業部長が着席した後に高山GMが続けた言葉、それには高橋も黙らざるを得なかった。
「確かに高橋君の言う通りかもしれん、だが私は首をかけても良いと思ってるよ、コケた場合は私が責任を取ろう……彼女には賭けてみるだけの価値がある、なにしろ全日本女子のエースでもあり、女子野球ワールドカップ優勝の立役者でもあるのだから……女子プロ野球リーグの覇者、横浜レッドシューズに、女子プロ野球リーグに、いや、日本の女子野球に敬意を表して、石川雅美を6位指名することにする」