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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 中

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5、眼前の異界



 ホームと駅構内を繋ぐ通路には、狭い改札があった。

 日常的に目にする自動改札ではなく、いわゆる、有人改札のそれだ。
 だが、たったひとつだけの木製ラッチに、人はいない。

 改札扉は開いていたが、バリツは躊躇った。
 自分はここに至るまでの適切な乗車券を有していないのでは?

「これは……勝手に抜けていいものなのか? 我々は切符を有していないぞ」
「大丈夫じゃね? 誰もいないし」
「んー。教授。何にしてもいったん抜けるしかないんじゃないかな」

 堂々たる足取りで斉藤が、迷いなき足取りでバニラが抜けるのを見て、バリツは続く。先ほどからどこか挙動不審なタンが、最後についてくる。

「タン君。大丈夫かね?」
「いや、何か……見られてる気がするんや」
「あの電車の出来事のショックもあるのではないか? やはり無理もないが……」
「それもせやけど、これは、なんかそれとはちゃうんよなあ……」
「ふむ……?」
 
 改札をくぐり、連絡路を少し歩いた先で、構内に至る。
 どうやら待合スペースも兼ねているようだった。

 構内は、駅のホームの印象とは異なり、想像より少し広い印象を受けた。障害物や柱さえなければ、シャトルランすらできそうだ。
 全体的に、塵や砕けた木片が散乱していて、清掃が行き届いているとは言いがたかった。床前面が乾燥している様子だが、空気はどこか、嫌な湿り気を帯びている。

「おい、皆」斉藤が正面を指差す。
「あそこから外に通じているみたいだぜ」
「そのようだね」

 一同は構内を早足にかけ、ほのかな明りが溢れる、駅の出入り口へと到達した。

「……なんだ、これは」

 そしてその光景に、絶句した。

 眼前に広がるものは――まともな空間ではなかった。

 奇妙な明るさを伴った、空。
 それは朝とも昼とも夕暮れとも……夜空とさえも、異なって見えた。
 だが、そのどれにも見えた。同時にあり得てはいけない空だった。

 雲と天球との境目は失われていた。一面の曇り空にしては明らかな違和感があった。窒息せんばかりの圧迫感だ。
 まるで、途方もなく広大な……しかしながら、死せども脱出の叶わぬ箱庭に閉じ込められたかのように。

 バリツは、目の錯覚と、信じたかった。
 あるいはせめて、オーロラめいた自然現象だと。

 だが、冒険家教授としてのあらゆるフィールドワーク。一人の人間としての人生。
 肉眼で見たのみならず、あらゆるメディアを通して知った、世界の空。異常気象。
 いずれにも、当てはまることはなかった。

 はるか彼方には、観覧車や、おとぎ話の城のようなシルエットが見える。
 遊園地や、レジャーランドの類であろうか?

 だが、異様な空の下は濃霧で覆われ、足元から広がる無骨な砂利道は、ほんのすぐ先で白いヴェールに飲み込まれていた。
 ――斯様な濃霧の中で、なぜあのシルエットが見えるのか?
 ――何故、非現実的な空の全容を視認できるというのか?
 全くもって、説明がつかなかったが……。

「斉藤……」バニラが淡々と問いかける。
「この景色に見覚えはあるかい?」
「いや~、……全くわからねえ。猿達みんなの世界なのかもしれないが、俺はこんなところに足を運んだ覚えはないぜ……」
「んー、そうか」
「一つ確かなことは――」
 バリツは口を切る。
 認めたくはないが、受け入れるしかない現実を、言葉にする。
「私達は、元々の世界とは全く異なる世界に招かれてしまったということだ」
「マジかよ~……」

 タンがガックリと、その場に座り込む。
 無理もないことだ。バリツ自身、自暴自棄になりそうな衝動を、胸の内に覚えていたのだから。

(尾取村に飛ばされた例の出来事も突拍子はなかったが、今回は更にタチが悪いかもしれぬな。何しろ、ここがそもそも日本では……地球ですらない可能性すらある。本当に帰れるのか? こんな場所から――)

 バリツはその考えを零しそうになるが、皆の不安を煽るわけにはいかないと、堪えた。

 はじめは気づかなかったが、文字通り濃霧の背景に溶け込むかのようにして、雪がちらついていたことに、ふと気づいた。

 傍らのタンはが、呆けた様子で、ちらつく雪へと手を伸ばすが、
「あっちぃ!!!」
 突然、屋根の下を越えたその手を引っ込めた。
「え、あちい?」
「いや、マジやって! これ普通の雪ちゃうで! 熱い! いや冷たすぎて熱いのかわからんけど! 触ってみい所長!」
「い、いや、遠慮しておくケドね……」
 成る程、地面へと落ちた雪は、積もることなく、次から次へと解けている様だ。

「んー、まあ、そんなモンが降っている中をわざわざ出歩くメリットはなさそうだね」
「バニラの言うとおりだな。まあ、ここで立ってても仕方なさそうだぜ」
「ひとまず、中から調べないかい? そもそも情報が足りないだろ?」
「その通りだね……」
「せ、せやな」

 バニラと斉藤に促されるようにして、駅構内へと踵を返す。
 この光景をして不安はとめどなかったが、確かに、歩みを止めているわけにはいかなかった。
 気を取り直し、深呼吸しながら、バリツは右から左へと視線を巡らせ、構内を観察する。
 どうやら構内全体が、待合室も兼ねているようだ。

 自らから見て、右手前には公共トイレ。近くに柱。
 右奥――どうやら上に路線図が掲示されているらしい、小ぶりな券売機。

 ほぼ正面は、幼女が眠るホームへと通じる改札通路だ。
 左奥には、コインロッカーの区画が設けられているようだ。その脇の柱近くには、木箱やガラクタが積み上げられていた。壁際には、自動販売機も見える。

 そして左手前には、「駅長室」の文字が脇に掲示された扉が見えた。

 バニラの指摘どおりだ――現状では情報が足りなすぎる。
 そもそもここは一体どこなのか? どうすればここから脱出できるのか?
 不安は底知れないが、ただ座して運命を受け入れるわけにはいかない。
 まずは情報を集めることに専念しなければならない。
 が――。

「さて……どこから覗いたものか」
「あのさ、アレや」タンが唐突に提案する。
「分かれて行動した方がええ気がするんやけど」
「その心は? タン君」
「だって絶対その方が効率ええやん?」
「一理はあると思うがね、タン君。いやしかし……」

 タンの言うとおり、一つでも多くの情報を集めるべき現状ではその方が効率は良いのだろう。
 しかし、この場所はどうやら自分達の知る世界とは異なっている。どこに何が潜んでいるのか分からない以上、リスクのある行動は避けたかった。

「タン、お前を一人にするのすごく怖いぞ。死ぬ予感しかしねえ」

 斉藤の辛辣な突っ込みに、タンはムッとした様子で腕を組む。

「えー、ひどくない?」
「だがタン君。実際、君は先ほどから好調とは言いがたいのではないか?」
「まあ……せやな。なんかココ、あんま長居したくないっつーか、さっさと脱出したいんや」
「それは皆が共有するところであろうな……」
「まあ確かにさっきから顔色悪そうだな、タン」
「斉藤、こいついつも顔色悪い気がするのは気のせい?」