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愛へ(愛より)

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夜遅くにごめん。実は。
 シャワールームから部屋に戻ってきてスマートフォンを確認した私は、その通知に吐くほど驚いた。私が漫画のキャラクターだったらその場で数センチ浮き上がるなり、心臓が体から飛び出るなり、目が点になるなりしていただろう。一年近く連絡がなく、最後に会ったのは二年前、その時海外に行くと言っていた友人から夜遅くに「実は」。拭ききれなかった水分が髪の先から画面に落ちる。指先が冷えて感覚を失おうとしているのが分かり、慌ててベッドでテレビを眺めている愛ちゃんを見た。
「ん?」
 煙草を咥えたまま彼女は私に目をやり、怪訝そうに唇の隙間から煙を吐き出す。
「な、なんでもない。ちょっと待って」
「はあ?」
 愛ちゃんは機嫌が非常にいい時以外こうだし、いくら言ってもその態度の悪さは直らないが、今回はさすがに私が悪い。なんでもないならわざわざちょっと待ってとか言うなよという視線を受け止めつつ、もう一度スマホの画面を見る。ロックを解除して、送り主の名前を心の中で読み上げた。
 てぃー、やざき。と、と、ともや。やざき、ともや。
 矢崎知哉。
 震える手でそのメッセージを開く。一枚の写真と、六行ほどの長文がそこにはあった。
 夜遅くにごめん。実は結婚することになりました。らいるちゃんにはお世話になったから、報告しとくね。日本にいればちゃんと会って話したけど、残念。そっちはどうかな。またいつか、一緒に飲もうね。
「マジか」
 マジマジ、と笑う彼の顔が浮かぶ。こんな込み入った嘘を吐いて楽しむような男ではないし、写真は矢崎知哉による自撮りで、外国人男性にキスをされているものだ。そして二人の薬指には指輪がある。
 布の擦れる音とため息。既読をつけてしまったし早く返事をしなければと思いつつ、一度愛ちゃんを見る。彼女は煙草を消し、リモコン片手に体を起こした。別に私に対するため息ではないのだろう。
「愛ちゃん」
「ん」
「友達が結婚した」
「嬉しいの?」
 嬉しいと即答できないのは何故なのか、きっと愛ちゃんには分かったはずだ。真新しいパジャマの裾に顔を押し付け、深呼吸する。
「あんたが結婚を喜ぶなんて相当だ」
「そ……そんなこと、ないけど」
「よっぽどその友達が好きなんだな」
「……うん」
 友人らの中で結婚の報告を一番にしてきたのは、もちろん橋川真奈美だった。それから、川島早智子。他に橋川真奈美伝いで何人か。坂山悠子もそうだったと思い出す。私たちは随分歳をとった。他人の結婚を喜べるほど、若くも鈍くも強くもない。
 おめでとう。こっちも上手くやってます。日本に帰ってくる時は連絡して。本当におめでとう。
「らいる」
 ぼやける視界できちんと文章を打てたかは分からない。同級生を好きになってしまったと泣いた彼はもういないのだ。端末をテレビの横に置いて、私は私を呼んでくれる人の下へ行く。
作品名:愛へ(愛より) 作家名:朝谷