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最低 in blueberry

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 女の持つ華奢なスプーンが果物を避け、クリームとソースとムースを一度に貫通するのを見る。この世に愛があるとかいう宗教、私も昔は信仰していたのだけれど、あいつがそうではなくて本当によかった。肘をつき、口紅塗れの白い筒をまたくちびるで挟む。そういう意味で、あいつは本当の友人だったのだ。女にぶつからないよう慎重に吐き出した煙の向かう先を、その女の視線が追う。氷の斃れる音。
「食べないの?」
「吸ってるから」
「真剣に」
「そう」
 ふふ。女は小さく笑い声を上げ、今度は店内に視線を巡らす。なんの意味があるのか私には分からない。灰を落とし、カップに口をつける。
「おいしい」
「よかったね」
「一口いる?」
「後でもらう」
「ブルーベリー嫌いなの、佐穂子じゃないよね」
「違う」
「誰だろ。忘れちゃった」
 あいつだ、と言えずにひと吸いしたあと、それをもみ消した。ようやく私もパフェに向き合うことができ、女は安心したように笑みを見せる。幸せそうに。女のより大人しいそれに金色のスプーンを差し込む。ずぶずぶずぶ。ブルーベリーを嫌いなやつなんてなかなかいないのに。
「いいなー桃」
「これにすればよかったじゃん」
「だってこっちの方が色々入ってるもん」
「……いいよ、一口」
「やったー!」
「私ももらうね」
「うん」
 頭痛がひどい。たぶん、もうすぐ生理が来る。何もかもそのせいだ。ねえ、美代。あんたの幸せを全て奪い取ってやりたい。ひとくちずつ。
「おいしい! おいしくない?」
「おいしいね」
 生クリームの間で、ぷち、と青い実が弾ける。下の方のソースが全然掬えなくて、私は上辺しか味わえなかった。
 全部食べ終わった頃、女は巻きが取れかけた茶髪を揺らしながら窓の外を見る。私もちらとそちらを見てから、気づかれないように腕時計に視線をやった。この後は用事があることになっているので、この女も帰るなりなんなりするだろう。口内の甘さを冷めきったコーヒーで流す。
「吸ってから出る?」
 幸せってなんだと思う?
「うん」
 どんよりとした目で世界を見つめていた頃の美代を思い出す。幸福も、愛も、運命とか人生、何もかも分かんなかったね。ターボライターの煙草を燃やす音。
 わたしのこと、すき?
「佐穂子」
 過去の美代と、目が合ってしまう。
「ん?」
「彼氏できた?」
「あんたはできたの」
「どうだろ……」
 茶化すように、きっと誤魔化すために女はそう言い、眉尻を下げて笑う。私にはすんなりと言葉を出させた癖に。
「なにそれ」
 女は肘をついてから、そこにグラスから垂れた結露があることに気づいたらしい。一度肘を上げ、問題ないと判断したのかまた同じところに戻す。濡れてしまったカーディガンはすぐには乾かないだろう。
「こうやって……」
 そこで言葉を切り、女はアイスティーのストローを咥えた。高校を卒業してからもう五年も経っている。私も美代も、大人の皮を被るようになった。仲のいい友達を演じることに抵抗感がなくなるほど、時は流れてしまった。燃え続ける煙草を見る。
「こうやって、パフェを一緒に食べる、ような、関係に……関係に……なりた、かった、わけじゃ……ないの……違う、なりたかったの、これも正しい……これも正しいから」
 いつの間にか長い髪がテーブルにつくほど俯いていた女は、存外苦しそうに述べた。親指でカップの縁を拭う。出る前に口紅を塗り直さなくてはいけない。
「正しいって何?」
「それは……」
「あんたたちの正義に巻き込むのいい加減にしてよ」
 どくどくと心臓が脈打っているのが分かる。私は被害者だ。被害者だから、構わないのだ。何度灰皿に押しつけても煙を上げたままの煙草に苛立ちが募る。でも、語気を荒らげてはいけない。唇の内側を噛む。
「なんで今更呼び出したの? いいじゃんもう……」
「……」
「あんたのことせっかく忘れかけてたのに」
「わたし」
 私の言葉を遮るように、美代が息を吸いこんだ。ああ、本当に、どこまでも最悪だ。来なきゃよかった。なんでお前が泣きそうになってるんだ。

「私、亮と結婚するの」

 ガリ、という音と共に、血の味が広がる。私は悪くない。ずっと過去のことを放置してのうのうと生きていたのはお前じゃないか!
 深く、息を吐き出す。あ、そう、そうですか、だから何よ、ほんと、最低。つまらないセリフを渇いた脳に与えていく。死ねよ。
「佐穂子」
 血が止まらない。
「佐穂子……」
 財布から千円札を数枚取り出し、伝票に乗せる。死んでしまえ。死んでしまえ。あいつをただのオスにしたお前も、お前を誑かす男共もぜんぶ、死んでしまえばいい。私の動きを制止することもなくただ名前を呟くその声、丁寧に塗られているのであろう爪、透き通る茶髪と、濡れたカーディガン、女を構成する全てを壊す。
 ねえ、美代……。
 外に出ると生温い風が私を迎えてくれる。今日、雨は降らないらしい。店内の冷房で冷えきった爪先が、パンプスの中でじくじくと泣いている。
作品名:最低 in blueberry 作家名:朝谷