小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

仕事の合間に

INDEX|1ページ/1ページ|

 
たまには旅行に出なければ。
 営業車を乗り回し、東奔西走。朝から晩まで働いて一人の時間は沢山あるが、心休まる時間はそれほどなかった。一人で営業に出始めた頃は扱う仕事道具の手入れやプランの作成、予期せぬトラブル、仕事の後処理が渦巻いて、一日があっという間に過ぎていった。昔を懐かしく思うにはまだ時間が経っていないと思いたいが、日々の積み重ねが消えることはなかった。
 新しく出来ることが増えていくことが楽しいとは思えなかったが、仕事を任されていくことに悪い気はしなかった。そんな思いもある程度経ってしまえばすっかり新鮮味が失せてしまい、怒られない程度に仕事をこなす日々になってしまっている。
「さて、次の訪問先にいくまで少し時間もあることだし、コンビニでも」
 すんなりと出てくるようになってしまった独り言を呟き、左ウインカーを出して最寄りのコンビニ駐車場に車を止める。沿道のコンビニは駐車場が広く、車を停めて小休憩をするにはもってこいだ。エンジンを切ってしまえばにぎやかなラジオDJの声もプツリと途絶え、エンジン音と心地よい振動も嘘のように静かになる。
 特に買うものもないが、気分転換も兼ねてホットコーヒーだけを購入する。仕事をするようになってコーヒーをよく飲むようになった気がする。味が好きというよりもあの香りが好きなのだ。なので、真夏でもなるべくなら真夏でもホットコーヒーを購入していた。
 車内に戻り、シートを少し倒す。ドリンクホルダーにコーヒーを置きポケットからスマホを取り出す。しばらくコーヒーの香りを楽しむために飲み口を開けたままにしておく。時間潰しに写真アルバムで過去の旅行先を眺める。アルバムの中には少し前に行ってきた福岡での夜店の活気溢れる通りの一部、思い付きでふらりと行ってしまった京都の寺社仏閣や行き交う人々。忙しい合間に何とか間に合った出雲大社。風景の一部を切り取って手元に残るのは良いことだが、眺め続けてしまえば過去に囚われてしまいかねない。
 写真と紐づいた記憶は鮮明に思い足せるが、それ以外に何があったか、どこに行っていたか忘れてしまった。物覚えが良い方では無かったので写真を残すようにしていたが、それでもやっぱり忘れてしまう。そして、何を忘れていたかも分からなくなってしまう。
『それなら旅行に行けばいい。私たちはどこへでも行ける。でもそれって、誰かに認識されているから行けるだけなんだ。誰も知らなければそこには行けないし、無いのと一緒なんだ』
 仕事場でよく顔を合わせる先輩に雑談交じりに愚痴をこぼしていると、不意に真面目な顔をして言われたものだ。普段から地上数センチを漂っているような宙ぶらりんの先輩が不意に言うものだから頭の片隅にこびりついて離れない。
 買ってきたコーヒーを一口含む。車内に広がったコーヒーの香りが車の芳香剤のココナッツの匂いと合わさって心が休まる。他人に言わせれば、甘ったるすぎて気持ち悪いらしいが、私自身はブラックコーヒーに甘い匂いが合わさってリラックスできる。
 ちらりと時計に目線をやればいい感じになっている。
「頃合いか」
 リラックスし過ぎると次の仕事にやる気が出なくなるので、シートを戻しエンジンをかける。ブルンと車体を震わせて騒がしいラジオDJも戻ってくる。
「それじゃー今日のテーマは…」
 変わらないテンションでしゃべり続けるラジオを聴きながら、次の休みを確認する。最近は連休でも疲れただの、天気が悪いだのと理由を付けてどこにも行っていなかった。理由が無ければ出かけることが出来ないのなら、誰かと何処かに行けばいい。
 残りのコーヒーを飲み干し、次の休みに思いを馳せる。左ウインカーを出して車の流れに合流し、徐々にアクセルを踏み込む。加速する車体とともに頭の片隅では次の旅行への思いが増していく。
 八百万の神様にだって、非日常は欲しいものだ。
作品名:仕事の合間に 作家名:綿崎 実