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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~下

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9. 告白


「あの時は、そうするしか方法がなかった」
 フーマは確かにそう言った。
「え……?」
 それは、どういう意味なのだろう。
「分かってくれ。俺は決して中途半端な気持ちでお前の唇を奪ったわけではない」
 あの……、それって、すっごく告(こく)ってる――?
 告ってるよね。私、告られてるんだよね――?
 まるで他人事のように暖野は思った。
「お前は、俺が初めて本気で守りたいと思った女だ」
 暖野はもう、顔中から蒸気が上がりそうな思いだった。
 言うなら、早く言ってよ。このままじゃオーバーヒートしちゃう――!
 って言うか、何でカクラ君相手にのぼせ上がってるの?
 ただ、無理やりキ――
 ああっ、もう!
「だから俺は」
 フーマが続ける。「お前をあのまま危険の中に置いておけなかった」
 沸騰寸前だった血流が急に速度を落とす。
「緊急避難的に、お前を繭に移した」
「え……、繭……とか、意味分からないんだけど」
「そうだな」
 フーマが言う。「あの時、お前は危険な状態にあった。異常な波動がお前を侵蝕しようとしていた」
「私には、全然分からなかったけど」
「だろうな」
「また、そんな分かったような言い方」
「だから、俺はお前を急遽避難させる必要があった」
「でも、あなたは私がいなければ何も見えないんじゃ……」
「そうだ。だから俺は、お前の髪と粘膜をもらった」
 髪は分かる。でも、粘膜って……まさか――
「それって……」
「お前の思っている通りだ。俺は、お前の口からそれをもらった」
 言っていることはすごく恥ずかしいんだけど、言い方が全然ロマンチックじゃない――
「だが、それは口実だ」
 フーマが言葉を継ぐ。「俺は……、それをしたかった。だから、そうした」
「あ……、あ――」
「そうだ。俺は、お前を愛している」
 いざ言われてみると、思いの外混乱はなかった。これまで散々焦らされ、中途半端なまま離ればなれになっていたせいもあるだろう。
「うん……」
 暖野は、それだけを言った。
「怒らないのか?」
 意外そうにフーマが言う。
「どうして? カクラ君は、私を助けてくれたんでしょ?」
「あ、ああ……」
「ありがとう」
 初め、二重の意味で言ったつもりだったが。改めて言い直す。「助けてくれて。それと、私なんかを好きになってくれて」
 落ち着いていたつもりだったが、自分でそれを口にするとまた赤面してしまう暖野だった。
「とりあえず、事態は落ち着いた」
 フーマが窓の外を示す。「見ての通りだ」
 校舎下を数名の生徒が歩いているのが見える。
「じゃあ、みんなも」
「ああ、大丈夫だ」
「よかった……」
「だが、あのことは誰にも言うな。あいつらは警報が鳴ってからのことを何も覚えていない」
「うん。分かったわ。でも、一体何が私を侵蝕しようとしてたの?」
「分からない。強いて言うなら、神の手、か」
「神の手?」
「悪魔の手と言い換えてもいいが、同じものだ」
「その神の手とか悪魔の手って、何なの?」
「神の手は、昔から人間の運命を弄ぶものとして捉えられている」
「カクラ君は、それと闘ったの?」
「いや」
 フーマが首を振る。
「じゃあ、どうして元に戻れたの?」
「消えた。お前を繭に移してから、すぐに」
「……」
 あの真っ白な空間がフーマの言う繭なのだろうと、暖野は思った。
「奴はお前を追おうとしたようだが……お前は大丈夫だったか?」
「え――ええ。そんな変なものには会わなかったわ」
「そうか、良かった」
「でも、どうして私が狙われたのかしら?」
「心当たりはないのか?」
「あるわけないじゃない。訳もなくあっちこっち飛ばされて、その上変なのに狙われるなんて、私もう何が何だか」
「そうか」
 フーマが言う。「お前は何も知らないのか」
「知ってることは、知ってるわ。元の世界に呼ばれた理由とかは聞かされたし、ここに来たのも何となくだけど分かる。でも、そもそもこんなことになった理由が分からない」
 暖野は一旦言葉を切った。「みんな、普通に過ごしてるのに、どうして私だけ……」
「お前だけだと思っているのか?」
「だってそうじゃない? こんな経験してる人なんているはずないじゃない」
「そう思っているだけじゃないのか? お前の世界の誰かが、お前と同じような経験をしていないと言い切れるか?」
「それは……」
 暖野は考えてみた。
 例えば宏美が暖野と同じように他の世界に飛ばされて同じような経験をしていても、それに気づくことは恐らく出来ないだろう。なぜなら、宏美がいない時間は暖野にとって存在し得ないのだから。
「俺が思うに、お前が呼ばれた理由は、お前がその世界でそのままでは生きられない存在だったからだ」
「それって、どういう意味? 死ぬってこと?」
「死ぬ、か……」
 フーマが何故か遠い目をする。「世の中には、死よりも恐ろしいことは幾らでもある」
「……」
「無理に分かる必要はない。だが、ここにいる連中の大半は多かれ少なかれそういう奴だ」
「じゃあ、あなたも?」
「かもな。俺には、そこまで断言できる自信はない」
「私ね――」
 暖野は言った。「繭から出た後、元の世界に行ってた」
「そうか」
「私、その世界を救えって言われてるの」
 フーマになら、言ってもいいと思えた。「ほとんど何もかも喪われてしまった世界を再生しろとか何とか」
「お前、そんなことになっていたのか」
「うん。でも、どうして私なの? 私なんか、何の取り柄もないのに」
「それは、お前だからじゃないのか?」
「答えになってないわ。ロジックの遊びなんて、もうたくさんよ」
「そうだな」
 フーマが少し考えて、続けた。「その世界は、お前のものなんじゃないのか?」
「え……」
 確か、似たことを言われた記憶がある。
「元々お前の世界だったからこそ、お前が呼ばれる必要があった。そう考えられないか?」
「私、あんな世界なんて知らないわ」
「だが、そう考えると辻褄が合ってくる」
「ちょっと、勝手に納得しないでよ。辻褄とか、何なの?」
「お前は確かにその世界を知らない。だがお前は、その世界を知っていたお前と同じなのかどうか」
「……?」
「難しいか。俺の言い方が悪かった」
 フーマが言う。「お前は自分の世界からそこへ呼ばれ、そしてここへ来た。要するに転移だな」
「ええ」
「この3つの世界を行き来してもお前の記憶は連続している。これも分かるな?」
 暖野は頷く。
「だが、どこかの時点で記憶の連続を伴わない転移があったとしたら、どうだ?」
「それって、私がその前にも別の世界にいたってこと?」
「そうだ。お前はそこで世界を創造した。そしてその世界が崩壊の危機に瀕したために、転移後のお前が呼ばれた」
「そんなことって、あるの?」
「あっても不思議ではない。殊にお前のような強い力の持ち主の場合は」
「ごめん、頭が混乱してきた」
「無理もない。俺もこれを、すぐに考えついたわけではないからな。まだ、あくまでも仮説の段階しかない」
「でも、それがここの異変とどう繋がるの? 私が狙われるのも、私の知らない転移のせいなの?」
「おそらくな。それは――」
 その時、勢いよくドアが開かれた。
「あー! ノンノったら!」