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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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2. 三つの夢


 私は図書館にいた。広い閲覧室ではなく、スチールの棚が並んだ書庫。
 埃っぽい、古い書物独特のかび臭い匂いが充満し、長くいると服に沁みついてしまいそうだった。それでも、私はここが好きだった。
 一年の時からよくここへ入り込んでいたから、今では図書館を管理する先生とも顔見知りになっていた。図書館と言っても学校の図書室で、本校舎の最上階の一角を占めているだけ。古い本が多いだけに、今では絶版になっているものも少なくない。そういうものの中から幾つかを選んで閲覧室で読むこともあるし、時間を忘れて書庫に入り浸ることも度々だった。
 そんな私の無類の本好きを理解してくれてか、貸出し禁止の本でも特別に貸してもらえた。
 私はまた、古い地図を見るのも好きだった。埋め立て前の湖があったり町名が違ったり、はたまたとっくの昔に廃止された電車の線路が記されていたりと、見ていて飽きないのだった。家の近くにも、旧街道と旧国道があったりして、人々の往来の歴史に思いをはせてみたりするのも楽しかった。
 そういうものに触れていると、私はたまらなく旅に出たくなるのだった。
「やっぱり、ここにいたの」
 いつものように古い本を物色しているところに、場違いな声が耳に入ってきた。
 宏美だった。
 ここはある意味私の聖域で、私がここを知って以来、他の誰とも出会ったことがない。
「あんまりこういう所にばっかりいると、しまいにはカビが生えちゃうよ」
 書棚に挟まれた狭い通路を、物珍しそうに見まわしながら宏美が言った。
「宏美がこんなところに来るって、どういう風の吹き回し?」
 私は皮肉を込めて訊いた。宏美はあまり本を読まない。むしろ本嫌いと言ってもいいくらいだ。
「先生がね――」
「先生がどうかしたの?」
「うん。暖野がどこにいるのか知らないかって」
 それで図書館か……。
 部活以外では私がここに入り浸っているのは、宏美も知っている。
「へえ、何でだろう?」
「私が知るわけないでしょ」
 と、宏美。
「進路のことかな」
 二人して図書館を出ながら、私は言った。
「そうじゃない? あんたのことだから、怒られるようなことはしないはずだもんね」
「当たり前でしょ」
 とは言え、少々の不安はある。私とて聖女じゃないし、校則の一つや二つ……いや、もっと破っていそうだ。
「ところでさぁ」
 宏美が言う。「やっぱり暖野、進学しないの?」
「うん」
 私は小声で頷く。
「もったいないじゃない。先生だって、いくつか紹介してくれてるんでしょ?」
「行きたいんだけどね……」
 私は俯く。
「いろいろとあるもんね」
 少しの間の後、宏美が言った。
「……」
「あ~あ。羨ましいなぁ。私なんて、どっこも紹介してくれないのにさあ」
 宏美が愚痴を言っている所へ、担任の教師が姿を現す。
「ああ、高梨。ちょうどよかった」
「あの、私を捜してたとか……」
 宏美に連行されるまでもなく、邂逅してしまった。
「うん、こないだの件なんだけどね――」
 話しながら、担任は私を進路部教員室へと招じ入れた。そもそも図書館のある本校舎には教員室のほとんどが集まっている。ここで出会ってしまっては、もう逃げ場もない。
 もっとも、逃げなければならない理由はないし、むしろ何度も同じ話をされるのが鬱陶しいくらいだった。
「求人票のことですか?」
 私は訊いた。
「うん。だから、できるだけ早い方がいいだろうと思ってね。今、時間はいいか?」
「はい」
 私は頷く。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
 そう言っては担任は私を応接室に通し、自身は職員室の奥へと向かった。
 私はブラインドのかかった窓から外を見た。朝から上天気だった。眼下の渡り廊下を数人の男子生徒がふざけながら通るのを、私は見るともなしに見る。
 男の子みたいに、あんな風に馬鹿やれたらいいのに……
「待たせてすまんな。まだ整理もしてないもんだから」
 担任が戻ってきて言う。
 それまでテーブルの上を占領していた将棋盤を片付けて、求人票を閉じたファイルを置いた。だが、私の待っていたものは、そこにはなかった。それはまだ、会社名の入った封筒に収まっていたからだ。
 担任は封筒から数枚の紙を出し、私の前に並べた。
 ここ数週間の間に、嫌というほど見てきた様式。職種や募集人員、試験科目などが記されている。前年のものと、たいして変わらない内容だった。
「勉強はしてるのか? まあ、お前のことだから大丈夫だとは思うが」
「はい。一般常識も本を買って勉強してます」
 私は答える。
「そうか。それならいいんだが……。本当に、これでいいんだな」
「はい」
 私は深く頷いた。
 職員室を出る際、社会科の教師に出会った。
「やっぱり、就職にするんだな」
 残念そうに彼は言った。
「ええ」
「もったいない」
「もう、決めたことですから」
「まあ、それだけ固く決心しているなら、もう言わないけど。ただ、二部でもいいから君には大学に行ってほしいな」
「ありがとうございます。考えておきます」
 私は会釈して、その場を辞した。
「どうだった?」
 階段への曲がり角のところで、宏美が訊いてきた。
「なんだ、待っててくれたの?」
「なんだ、はないでしょ? せっかく待っててあげたのに」
「ごめん」
「まあ、いいけどね。どうせ私は、誰にも期待されてないんだから」
「そう、ふてくされないの」
 私は宏美の頬をつついてやる。「ところで、今日は部活ないの?」
「そんなわけないでしょ。なんかお説教が始まったから、進路相談があるって言って抜け出してきたのよ」
「なんだ。それじゃ、待っててくれたわけじゃないのね」
「進路相談最強!」
 宏美は笑った。「で、暖野の方こそどうなのよ。今日は部活ないの?」
「今日は顧問がいないのよ」
「じゃあ、練習なし?」
「そう。私が部長よ」
 胸を張る。
 本来ならば3年生の部長がいたのだが、副部長ともども何かやらかしたらしく停学処分の上に強制退部になっていた。それで唯一の2年生の私が自動的に部長になり、今に至っている。
「勝手な部長ね」
「顧問がいないと練習させてくれないんだから仕方ないでしょ」
「いいなぁ。うちなんか、却ってキャプテンが張り切っちゃうもんね」
「いちいち人のことを羨ましがらないの」
 今度はおでこを小突いてやる。
「そんなにあっちこっち突っつかないでよ。凹んじゃうじゃない」
 宏美がまた、むくれて見せた。
「私、もう帰るけど、宏美はどうする?」
 これ以上学校に残っていても、することがなかった。
 もう一度図書館へ行ってもいいが、また二階分も階段を上がるのも面倒だった。
「部活に戻るわ」
 宏美が言う。「そろそろお説教も終わった頃だろうし、このまま帰ったら明日何言われるか分からないから」
「そう。頑張ってね」
「暖野もね」
 何を頑張れというのか分からなかったが、宏美が言った。
「じゃあ」
 本校舎の出口で、宏美と別れた。
 駅前の本屋で新刊でも物色してみようかなどと考えながら、正門を出る。
 電車に乗ると、私は一番端の席に腰を下ろした。読みかけの文庫本を取り出し、続きを読み始める。