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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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11. 鐘声乱響


 始業から学校へ来るのは初めてだった。
 変な表現ではあるが、これまで途中から来て途中で戻るばかりだった上、今回も3時間目前の休憩時間に来ていたからだ。
 校舎に三々五々集まり来る生徒達。その中に暖野とリーウの姿もあった。
「おはよう」
 クラスの子が声をかけて来て、暖野もそれを返す。
 ごく当たり前の、ありふれた登校風景。これも久しく経験していないことだった。
 状況こそ違え、つい半月ほど前までは暖野も何の疑いもなく繰り返していた日常がここにはあった。
 教室に入ると、アルティアはすでに自席にいた。
 フーマはまだ来ていないようだ。
 暖野はアルティアの所に行き、彼は普段いつ頃来るのか訊いてみた。リーウに訊かなかったのは、また冷やかされるのが嫌だったからだ。
「さあ」
 アルティアは言った。「1時間目の授業が終わった時は、大抵いると思うけど」
 通いであるフーマも、始業からは来られないのかと暖野は思った。
「そんなこと、私に訊けばいいじゃない」
 案の定、リーウが言う。
「だって、リーウはまた余計な詮索するでしょ?」
「余計かどうか知らないけど」
「そんなんだから、アルティアさんに訊いたのよ」
「ふふん」
 リーウが鼻を鳴らす。「まあ、そんだけ気にかけてるってことね」
「飛ばすわよ」
 暖野は睨んだ。
 どうして、この手の話になると女子も男子も茶化しにかかるんだろう、と暖野は思う。それでダメになってしまうこともあるのに、もっとそっと出来ないものなのかと。
 って言うか、前提条件間違ってるし――!
 これじゃ、まるで私がカクラ君を好きなみたいになってるじゃないの――!
「ホント、頭痛い」
 暖野は呻いた。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
 リーウが訊いてくる。
「あんたのせいよ」
「私の? 私が何かした?」
 こりゃ駄目だわ……
 暖野は頭を抱えた。
 早めに来ても、レポートを書くのは無理そうだった。気が散って仕方がない。
 1時間目、操作倫理の時間。
 操作倫理とは、統合科学技法を使うにあたっての心構えのようなものだった。例えば、以前リーウが言っていたように料理を出す方法だと、どこかから出来たものを奪ってしまうことになる。それは普通に泥棒と同じことだ。奪われた方としては、せっかく作った料理を失った悲しみだけが残る。
 また移動術でも移動先の時空間への影響の考慮が必要だったり、歪めた時空の調整に配慮しなければならない等。はたまた召喚については召喚する側とされる側相互の絶対的信頼と了解が必要で、現在は禁忌とされている等。
 今日はちょうど召喚についての倫理の授業だったため、暖野は痛く共感した。
 暖野は信頼も了承も無しに沙里葉へ召喚され、そして今はここにいる。禁忌とされているのは当然だと、暖野は思った。
「それでですね、これはどの世界でも通念として言われていることですが――」
 教師が説明している。「我々は特定の条件下では時間を移動することが可能なのです。しかしながら、そこで過去を変えるようなことをしてはならないと――」
 このことは、暖野も子供の頃から聞いていたことだ。過去に遡って親を殺したら、自分も消えてしまうとか何とか。
「実際問題として、遡った過去は、諸君の存する時間軸に直結しているとは限らない訳です。ですので、遡った過去で何かをしたとしても、諸君の存する未来に影響を与えるとは必ずしも言えない」
 ああ、これはパラレル・ワールドのことだな、と暖野は思った。
「ただ、諸君が到達した過去も、影響を及ぼしたことも、そしてその後に帰還し得た諸君自身の置かれるべき時空も、諸君が初めに発った時空と同じと確認できる手段は全くないのです。であるからして――」
 これだ、と暖野は思った。今の悩みの多くは、このことにあるのだと。
「――時間移動をする際に最も留意すべきことは、可能な限り過去に影響を及ぼさないということになるのです」
「すみません」
 暖野は手を挙げた。
「どうぞ」
「可能な限り過去に影響を与えないということであれば、そもそも過去に行く必要はあるのでしょうか?」
「そうですね」
 教師が言う。「人間は好奇心の塊ですからね。過去や未来を見てみたいという欲求は、私達統合科学を学ぶものですら棄て去ることが難しい」
「ですが先生のお話では、過去や未来に行っても、それが自分と繋がっているとは限らないと。それなら、わざわざ行く意味はないですよね」
「そう、その意味のないことを欲するのが人間なのです。君も解っているのではないですか。たとえ滅びの道を歩もうとも、自らの欲求に勝てない愚かで憐れな存在を」
 教師は、まるで心の裡まで見透かすような視線で暖野を見た。
「過去や未来へ行って、そこで何かをしても、自分の世界に影響があるのかどうか分からない。だから、可能な限り近似点に戻れるように、影響を及ぼすようなことはしない方がいい。そう解釈して、よろしいでしょうか」
 暖野は言った。
「そう。一度時間移動をしてしまうと、元いた時空に戻れる保証はどこにもない。現時点では統合科学の全知能を尽くしても、それは不可能という結論しか導き出されていない」
「分かりました、有難うございます」
 暖野は項垂れてしまった。せっかくこの世界で前向きにやって行こうと決意した矢先にも拘わらず。
 マルカが待っている世界は、おそらく変わりないはず。問題は、暖野の現実の世界のことだった。それは、ずっと怖れていたことだった。
 例え現実世界に戻れたとしても、そこにいる家族や友が、別れる前のその人それ自身であるかは確かめようがない。同じくその世界にいる人々が、別れる前の自分と同一人物であると確認する方法はないのだ。
「君は、転移者だったね」
 教師が言う。暖野が転移者だということは、相当広まっているらしい。あの閃光騒ぎの日、緊急会議が開かれたほどなので、当然と言えば当然だった。
「はい、そうです」
 暖野は応えた。
「転移も時間移動と似てはいるが、必ずしも同じではない」
 教師が穏やかに言う。「ここにいる皆もそうだが、諸君が戻る世界は諸君が戻るべき世界だ。そしてここにいる者は、その然るべき世界に戻るために、ここにいるはずだ」
 皆が沈黙する。恐らく、ここにいる誰もが口には出さずとも抱えている不安が、まさにこれなのだろうと暖野は思った。
「君は、戻れる。自分を信じなさい」
 教師は、暖野を見据えて言った。
「はい。有難うございます」
 そうとしか言いようがなかった。
 授業が終わり教師が出て行っても、席を立つ者は少なかった。
 暖野の放った問いは、多くの者の懸念でもあった。
「ノンノ」
 リーウが声をかけてくる。仕草でフーマが来ていることを伝えてくる。
 彼は、今の授業を聞いていたのだろうか。聞いていたのなら、何を感じたのだろうかと暖野は思った。
 暖野は席を立った。そして、フーマの所に向かう。
「あの――」
 言いかけた時だった。
 突如、鐘が鳴り響いた。
 授業は終わったばかりのはずだ。それに一つだけではなく、これまで聞いたこともないほどに多くの鐘が鳴っている気がする。
「緊急警報よ!」
 アルティアが叫ぶ。「みんな静かに。落ち着いて!」