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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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久遠の時空(とき)をかさねて ~Quonฯ Eterno~上

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10. 語らい


 翌朝も、暖野はリーウの部屋で目覚めた。
 ベルが鳴る前に起きたため寝覚めは悪くなかったが、やはり戻れなかったという、どこかやりきれない思いがあった。
 まだ時間も早いため、リーウを起こすのも憚られる。
 暖野は一人、洗面所に向かった。
「あら、おはよう」
 ちょうど洗面所から戻ってくるアルティアに出会う。
「あ、おはよう」
 挨拶を返す。
「どう? よく眠れた?」
「ええ、おかげさまで。早いんですね」
「あなたこそね」
 アルティアが微笑む。「ねえ、少し散歩しない?」
「はあ、いいですけど。顔を洗ってからでいいですか?」
「もちろんよ。じゃあ、下で待ってるから」
 そう言うと、アルティアは部屋の方へと戻って行った。
 洗顔を済ませ、暖野は制服に着替えて階下へと降りた。
 目覚まし時計が鳴るまでに、まだ1時間以上ある。リーウは当然の如く眠りこけている。起きた時に心配されないよう、彼女の枕元に書き置きを残しておいた。
「ごめんなさい、遅くなって」
 玄関ホールにアルティアの姿を認めて、暖野は言った。彼女も制服姿だった。制服姿のアルティアは、凛として級長然りとしている。
「いいのよ、急に誘ったんだから」
「はあ」
「じゃあ、行きましょうか」
 アルティアが言う。「それとも、何か食べてからにする?」
「ええ、出来ればコーヒーを飲んでから」
 暖野は答えた。
 二人は食堂へ向かう。
 テイクアウト用の飲み物を手に、二人は庭へ出る。暖野はコーヒー、アルティアはホット・ミルクだった。
 適当なベンチに腰を下ろす。
「昨日、あなたの言っていたことについて、あれから私なりに考えてみたの」
 アルティが切り出す。「ここの生徒は、寄宿も含めて大半が外の世界から来てることは、知ってるわね」
「はい」
「寄宿か通いかは自分では選べないのよ。特に、通いの者は」
 それは、何となく分かる。暖野も最初から通いだったし、戻れないからと言って寄宿に変更されたわけでもない。
「それに」
 アルティアが続ける。「あなたは転移者でもあるのよね」
「ええ」
「あなた、迷ってない?」
「え?」
「元の世界と、転移前の世界。どっちに戻ればいいのか、迷ってるんじゃない?」
「それは……」
 違うと、暖野は思った。
 現実世界に帰れるのなら、それに越したことはない。だが、現時点ではその道は閉ざされている。戻れる可能性があるのは唯一、マルカの待つあの世界だけなのだ。
「違ってたら、ごめんなさいね」
 アルティアが前置きする。「あのね、戻れないのではなくて、戻らないんじゃないかって思ったから」
「戻らない……」
「ええ。あなたが気づいていないだけで、無意識に戻ることを拒否している。そこまで行かなくとも、躊躇っている」
「……かも、知れません」
 拒否や躊躇いとも違う気がしたが、代わりになる言葉が浮かばない。
「その思いが、戻る道を閉ざしてる可能性があると、私は思ったの」
「閉じているとかどうとか、そんな感覚はないんですけど」
「そうね。多分だけど、あなたがこの世界にフォーカスしている間に無意識下が調整されて、戻る方の領域が見えなくなっているとか」
「無意識って、そんなに簡単に切り替わるんですか? 深層ではひとつに繋がっているって……」
「私にもはっきりとは言えないのよ。だって、誰も無意識を見極めることは出来ないのだし、ほんの少し力を借りるだけでも大変なんだから」
「それは、この前の実習と関係あるのかしら?」
 あの時、空中浮揚で力を使ったのが原因なのかと暖野は思った。
「それもあるかも知れないわね。でも、原因はもっと他の所にあるような……」
「他の事、ですか……」
 暖野は思い出してみる。一昨日あったことと言えば、他には図書館でフーマと話したことくらいか。しかし、それはあまり関係なさそうだ。強いて挙げるならば、やはり実習時にリーウが暖野を墜落しないよう保持したことしか思い浮かばない。
「特に思い当たることはないです」
 暖野は言った。
「原因が判れば何とかなると言うものでもないのでしょうけど」
「ええ、私もそう思います」
「いずれにせよ、今は一時的に見失っているだけで、リンクは切れていないはずよ。あとは、自然とそこに触れるだけだと思う」
「でも、その方法が……」
「そうね。私もそう。元の世界に戻ることは出来ない。その時が来るまで。そして、時が来たら、嫌でも戻るしかない」
「結局、そうなるまで待てということなんですよね」
「でも、あなた達通いの人とはサイクルが違うから、本当の所は何とも言えないんだけど」
 アルティアが、さらに何かを言いかけるのを、暖野は遮った。
「少し歩きませんか」
 少し体を動かした方が良さそうだった。
 朝の風が心地よい。憂鬱になるには勿体ない天気だ。
「私は――」
 歩きながら、暖野は話し始める。「転移者です。自分の世界から別の所へ転移して、そこからここへ通っています――と言うか、通ってました」
「ええ」
「元の世界――ここに来る前の世界ですけど、そこは何もない世界なんです」
「何もない? そんな世界があるの?」
 アルティアが驚く。
「何もないって言っても、山とか湖とか、少しは町もあります。でも、誰もいないんです」
「あなたは、そこで一人っきりだったのね」
「いいえ、そうじゃありません。助けてくれる人が、一人だけいます」
「随分と寂しい所みたいね。世界に二人だけだなんて」
「寂しくないって言ったら、嘘になります。でも、その人は今も心配していると思うし、私よりももっと寂しい思いをしているかも知れない」
 向こうの時間がどうなっているのかは分からない。眠ったまま起きない彼女の身を、マルカはこの瞬間にも必要以上に案じているかも知れなかった。
 しかし――
「私がここにいる――いなければいけない理由があるんだと思います」
 暖野は言った。「だから、今は出来ることをやるしかない。だって、その理由が分からないんだから」
「そうね。あなたがそう前向きに考えてくれてるなら、私も安心出来る」
「アルティアさん、今朝は誘ってくれて有難う。少し気が楽になりました」
 暖野は微笑んで言った。
「こちらこそ何も力になれなくて」
「いいんです。気を遣ってもらって、私こそ申し訳ないです」
 暖野は頭を下げた。「じゃあ、失礼します」
 元来た道を引き返す。
 彼女の存在に気づいて、地面の小鳥たちが一斉に飛び立つ。
 とりあえず、フーマに会ったら訊いてみる。それでダメなら完全に諦める。全く希望が無いわけではない。
 それに――
「ノンノ!」
 頭上から声が降ってくる。リーウだった。「あんた、朝っぱらから何処行ってたのよ!」
「ごめん! ちょっと散歩に!」
「散歩って、その格好で?」
 窓から身を乗り出して見下すリーウは、まだパジャマのままだ。
「いま戻るから、待ってて」
 暖野は部屋へと急いだ。
「ノンノね」
 リーウがいきなり紙を顔面に突きつける。「メッセージを残せばいいってもんじゃないでしょ」
「でも、勝手にいなくなったら心配すると思って」
「その気持ちだけは嬉しいけどね」