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ひょっとこの面

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02.邂逅



 私とこのひょっとことの出会いは、趣味と仕事の取材とを兼ねて、とある都内の美術展を訪れた時のことだった。

 『伝統芸能と面』と題されたこの美術展には、朝から降りしきる雨にも拘らず、どの作品の前にもパラパラと少数ながら人だかりができていた。私もその中の一人となり、順路の通りに進みつつ、そこに置かれている面へと目を走らせる。駆け出しのライターだった頃であれば、これほど胸が高鳴る作業はなかった筈なのだが、今ではもう苦痛しか感じない。もはや、退屈なルーティン作業以外の何物でもなかった。

 私は、既存の面にいい加減飽き飽きしていたのである。どれもこれも凡庸で、既視感を禁じえない面ばかり。その感覚は、巨匠と呼ばれる者の作品を前にしても同様だった。否、そのような地位を確立した者ほど、新しい面を創ることなど、頭の片隅にも置いていないのだ。
 無論、中にはそのような既存の面にも、「おっ」と思わせるような物が無い訳では無い。だがそれらは、もう既に世間の評価を得ているものが大半だった。私はそれらの面に失望を感じ、既存の面の概念をぶち壊し、今後の面の世界のメインストリームとなり得るような、新たな可能性を感じる面を、いつの間にか求めるようになっていた。せめて、そのような面に巡り合えずとも、そんな面を作り出せる片鱗を示しているような、新進気鋭の職人は居ないものだろうか、と。

 そんな、昨今の面を取り巻く状況に対する、鬱屈した思いを胸に抱きながら、この日も半ば諦めの境地で、面を見て回っていた。
「今回も無駄足だったか」
小さく吐き捨てながら、徒労を隠せない足を、最後の間に運んだまさにその時、このひょっとこの面と出会ったのである。

 出口の明るい光が差し込む最後の間の、壁に掛けられているひょっとこを一瞥したとき、最初にまず感じたのは、得も言われぬ鬼気だった。特徴的な閉じられた目、歪んで穴が開き垂れ下がった筒状の口、それらの一風変わった外見も、十分圧迫感を感じたが、それ以上に面自体から凄まじい妖気が漂ってきていたのだ。
 その気を肌で感じたと同時に、視覚に刺さり込んできたのは、このひょっとこが持つ滑稽さだった。従来のひょっとことはどこか一線を画す、異様な滑稽さ。しかもその中に憂愁とでも言うべき悲しみを内包しているかのような、得も言われぬ感覚を沸き上がらせていたのである。
 このひょっとこを前に私は、我を忘れて立ち尽くしていた。この面が醸し出す凄み、可笑しみ、哀しみ、それらに圧倒されてしまったのかもしれない。他の鑑賞者が「そんなに凄いか? こんなのが」という表情で面を眺めるが、しばらく眺めても理解できずに立ち去っていく。中にはあからさまに首を傾げる者もいる始末だった。

 そんな感性の鈍い鑑賞者には目もくれず、私はこのひょっとこを穴が開くほど見つめ続けた。このひょっとこの面に、私の半生を賭けてやろう。こいつを、このひょっとこを引っ提げて、三流物書きとして私に冷や飯を喰らわせ続ける、今の面業界に殴り込みをかけてやろうじゃあないか。他の鑑賞者の奇異の目に晒されながら、心の中でひそかに決意を固めていた。
 私は興奮冷めやらぬまま最後の間を出る。そして、受付の職員に名刺を差し出し、ひょっとこの製作者についての情報を得ると共に、金に糸目は付けないので、あのひょっとこを購入させてほしいという旨を伝えた。


作品名:ひょっとこの面 作家名:六色塔