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泉絵師 遙夏
泉絵師 遙夏
novelistID. 42743
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ようこそ、伊勢界トラベル&ツアーズへ!

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天つゆご飯という覚悟


 こんにちは。
 私は|高穂木《こうほぎ》はるか。
 零細の旅行会社、|伊勢界《いせかい》トラベル&ツアーズで接客兼ガイド見習いやってる。
 この伊勢界T&Tは異世界旅行が売りという変わった会社。
 ここって通常の国内ツアーも企画してるけど、変なのばっかりっていうね。
 あの恐怖ツアーの後も、社長に説得と言うか脅されて、結局辞めずにいる。
 社長はホントは脅してるんじゃなくって、辞めてほしくないだけだってのは、今は分かってる。
 だから、もうあのことは無かったことにする。
 むしろ、そうしたい。
 で、今はお昼休み。
 一応サービス業だから他の会社とは時間がずれてて、私の場合は1時15分から2時15分ってことになってる。
 おかげでランチ難民にはならずに済んでるから、これはこれでいいと思ってる。
 あの事以来、社長は私の食事代を五百円から千円に値上げしてくれた。
 それだけでなく、よくおごってくれる。
 今日もそう。
 私の目の前には極上天丼が鎮座してる。
 特大のエビ天が三匹。ほかにも色々な天ぷらが載ってて、ご飯が見えないくらい。
 まさに宝の箱、ほれぼれする光景。
「わぁ、おいしそう!」
 さやかさんが言う。
 あ、このさやかさんね。
 京都での恐怖ツアーの時に会った女の人。
 人っていうか、幽霊。
 東山斎場通った時に、私に引き寄せられてついて来てしまったんだって。
 そんで、無理やりツアー参加させられて、怖がってたってわけ。
 幽霊のくせにお化け怖がっててどうすんのよ。
 はい、そのさやかさん、私の天丼を見て羨ましそうにしてる。
 あんた、お化けなんだから食べられないじゃん。
 って思ってると、さやかさんが言う。
「ねえ、半分だけ|憑《と》りついてもいい?」
 嫌です。
 ってか、半分だけって何よ。
 そんな器用なこと、できるの?
 何気に恐ろしいことを言うさやかさん。
「だめ。怖いから」
「ねえ、いいじゃない? いつもはるちゃんばっかり美味しいの食べててずるい」
 あのね、拗ねられてもね……
「どうせ味なんて分からないでしょ?」
「だから、半分だけ」
「いや」
「お願いお願いお願ぁ―い」
 さやかさんが手を合わせる。「先っちょだけでいいから! 痛くしないからぁ!」
 それってどういう意味よ?
 どこの先っちょ?
 なんか、違う意味に聞こえる。
「お供えしたら、いい?」
「そんなのは嫌。リアルに美味しくない」
 幽霊にも美味しいとかあるのかと、訝しく思う。
「もういい。こうなったら実力行使あるのみ」
「え……?」
「ほら」
 私の頭の中で、さやかさんの声がする。
 うわ。憑りつかれた!
「心配いらないから。食べたら出てく」
 そういう問題じゃないでしょ?
 さっさと出てってよ!
 そんな思いをよそに、私の手が勝手に動いてエビ天を摘まむ。
 あ……
 ちょっと、さやかさん! お箸、お箸使って!
「あ、ごめん」
 脳内で、さやかさんが笑う。
「ひゃぁ! 超美味しい!」
 エビ天を頭からむさぼり食う。
 あの、これは私じゃないからね。さやかさんなんだからね。
 いや、でも……
 激ウマ。
 気持ちがシンクロして、笑みが漏れる。
 って言うか、ホントに笑ってしまう。
 初めての極上エビ天の味に酔いしれる間もなく、さやかさんは次のエビ天に手をつける。
「ちょっと待って、そんなにエビばっかり食べたら……」
「いいじゃん、ケチ」
 ケチとかそういうのじゃなくて。
「ああ、だめ! その一匹は最後に残しとくの!」
 さやかさんは私の身体を使って、瞬く間にエビ天を食べ尽くした。
「あー、美味しかった」
 あのね、人の頭の中でゲップしないで。
 うわ、臭っ!
「ごちそうさまー」
 さやかさんが抜け出て行く。
 それは有難いんだけど……
 私は呆然と机の上を見る。
 さやかさん! ってか、さやか!
 天ぷらだけ食べて、トンズラするな!!
 ああ、せっかくの極上が……
 魚沼産コシヒカリとプリプリのエビのコラボ、夢の競演が……
 これじゃ、ただの天つゆご飯じゃない。
「おやおや、高穂木さん。好き嫌いはいけませんよ」
 社長が言う。
 これ、私じゃないんです。さやかのやつなんです。
 実は社長、私が京都からさやかさんを連れてきたことを知ってたりする。
 あの時、変わったお土産と言ったのは、辞表のことではなくて、さやかさんのことだった。
 だから独り言みたいに会話してるのも、変に思われないで済んでる。
 でも、今回みたいに半分だけ? 憑りつかれるようなことはなかったから、私がご飯だけ残したと思ってる。
 まあ、さやかさんが食べたとは言っても、私の身体なんだし、味わうことは出来たんだけどね。
 てめぇ、祓うぞ。
 私は情けない思いで極上天丼の亡骸を食べた。
 これも情けないことだけど、天つゆご飯だけでもすごく美味しかったっていうね。

 はいはい、さやかさんのことについて、もうちょっと詳しく。
 さやかさんが、あのツアー以外にも何度か恐怖ツアーに参加してたってお話、前にしたよね。
 彼女、幽霊のくせにお化けが怖くて、友達が出来ないんだって。
 いや、お化けに友達って……
 それで、免疫つけるためにツアーに参加するんだけど、やっぱり怖いんだってさ。
 変な幽霊だよね。
 斎場にいたんなら、他の幽霊もいっぱいいるはずなのにね。
 でね、彼女が言うには、あそこの人たちは、すぐに家族の所か冥界に行っちゃうんだとか。
 だったら一緒にあの世へ行けばいいのに、幽霊だらけだから怖いって。
 どうしようもない奴。

 食べ終えた箱をキッチンで洗いながら、私はさやかさんに言う。
「天ぷらだけじゃなくて、ご飯も食べなさい」
「あら、いいじゃないの」
「よくない」
「私のお蔭で助かったんだから、それくらいいいでしょ?」
「う……」
 それを言われると、何も言えない。
 そう、あのあられもない姿を撮られた写真にどアップで割り込んで隠してくれた。
 それも全部の写真に。
 幽霊だからこそできる離れ業。
「お礼は?」
「はい……ありがとうございます……」
「これからも、よろしくね」
 さやかさんが笑う。
 あんた、またやるつもりかい!
「憑りつくのは無しで」
「そうしないと、味が分からないもん」
 ちょっと拗ねたような目つき。
 やめなさい!
「分かったから……」
 私は言う。「でもね、右手は私。食べる順番も私が決める。それなら……ちょっとだけなら……」
 って、おい。
 何気にエロっぽい言い方になってるんだ、私?
 さやかさん、無邪気に喜んでる。
 私は複雑な思いでそれを見る。
 あんまり自由に出入りされるのは困る。
 あんなことや、あんなことや、あんなこととか。
 秘密にしておきたいことはあるから。
 てな風に、最高に美味しいはずだったお昼休みも終わってしまった。

 あ、お客さまが来た。
 ごめんなさい、じゃあまたね。

「ようこそお越しくださいました。
 伊勢界トラベル&ツアーズの高穂木と申します」
 ちょっと、さやかさん。
 そこ、私の席だから!
 仕事の邪魔しないで!