おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その68 おでこテーン
この前、冗談で女子高生になった娘の頭を叩いて、気まずい雰囲気になった話を短編で書いたけど、どうやら僕には変な癖があるんだな。
昔、東大寺の大仏を観に奈良公園を訪れた時、鹿の多さに驚いた。
公園の職員がラッパを吹くと、森の方から千頭くらい・・・(大げさ?)正確には数えられないほどのシカの大群が、猛スピードでエサを食べに走って来たんだ。
ちょうどそこにいた観光客100人くらいが、そのエサ場でカメラを構えてたんだけど、皆、その群れにのみ込まれて、もみくちゃにされてしまった。
服はこすれて汚れるし、小さい子は突き飛ばされて、糞だらけの芝生に倒れる。
まだ幼かったうちの娘は僕が抱え上げて守ったけど、辺りは悲鳴でかなりの地獄絵図だった。
その後、シカ煎餅を買って、道路を歩く穏やかなシカに与えたりもしたけど、娘は怖がってしまってダメ。
それでも何とか頑張って、シカに煎餅を差し出させると、やっぱりその雰囲気が分かっちゃうのか、娘へのシカの対応が雑に思える。
僕には何度も頭を下げて、「煎餅ほしいほしい」アピールするのに、娘には「はよ、よこさんかい!」って言ってる感じ。
娘はついに前足で蹴られて、強烈な頭突きをお腹に食らった時、こうなるかと警戒していた僕は、とっさに手が出てしまった。
つまり、げんこつでシカの頭を、瓦割りのごとく、思いっきり殴ったのだ。
しかし天然記念物に指定されている奈良公園のそのシカは「キョン」とも鳴かず、もくもくとシカ煎餅を咀嚼し続けていた。
それほどまでに強く動物を殴ったのはあの時だけなんだけど、僕は動物の額を叩きたい衝動に駆られる時がある。
後頭部じゃなく、おでこの方だ。これが僕の変な癖なんだ。
でも決して、あのシカのように暴力として殴るわけじゃない。
動物を見てたら、可愛いいその額をペンペンしたくなるのだ。
子供の時インコを飼っていて、人差し指に乗せてエサやりをしながら、もう一方の人差し指で頭をちょんちょんすると、気持ちよさそうに目を瞑る。
柴犬を飼ってた時も、同じようにおでこをポンポンしてやると、首をすっこめながら、鼻先を上げて目を瞑って、口角を上げる。きっと喜んでるんだと思う。
猫は飼ったことないけど、他所の飼い猫に、人差し指と中指で交互におでこをドラミングすると、なんとも言えない悦に入った表情をする。
馬も牛も羊も全部、ペンペン叩いてみたけど、大きな動物は全く気にもしない感じ。
すべて同じように叩いてきたわけでもない。
でっかいトカゲやヘビには、毛がないからペタペタって感じで。
毛が柔らかそうなウサギやフェレットは、ソフトなモフモフを感じながら。
ラクダやカピバラみたいに毛が硬いやつは、頭蓋骨の凹凸を感じながら。
アルパカみたいにコシのある毛は、その弾力と言うか、立った毛の反発を押し付けるように。
セイウチを叩いた時は、飼育員さんが叩いてたので、同じように力を入れて叩くことが出来て嬉しかった。
でもイルカはパンって叩いたら、すぐに逃げた。
子ゾウに触らせてもらった時も、飼育員さんの目を盗み、おでこを撫でる振りしながら、パンパンやった。この時は、なんとも言えない満足感と言うか、達成感。
魚は捕まえたら、叩き放題。フグやボラ、ナマズの頭は叩きやすい形をしてる。
ダチョウは残念ながら、何度挑戦しても叩かせてくれない。噛まれそうだ。
でも、パンダとかトラとかジンベイザメとか、まだまだ叩きたい動物はいっぱいいる。
じゃ、人間はどうかって言うと、女性の頭をポンポンしたがる男って多いよね。
セクハラ相談の初期段階では、「頭を撫でられた」という訴えが結構多い。
「え? あの人が頭撫でてくるの?」って驚くくらい、そんなことしそうにない人がやるんだな、これを。
それくらい人って他者の頭を触ることに、満足を求めるものなんじゃないかなって思う。
以前、可愛い部下の女性から悩み相談を受けてて、「あたま、ポンポンしてください」って言わせた時は、理性が吹っ飛ぶかと思ったけど、女性が頭ヨシヨシさせるのって本能的な可愛いアピールだとすれば、動物にもその本能はあるんじゃないかな。
絶対イヤって人もいるだろうけど、動物がイヤがらないのを見ると、元々そういうものなんじゃないかって気がした。
僕はこんな感覚で、どんな動物の額でも叩いてみたくなるんだ。チャンスがあれば必ずそうしてる。
かわいい動物たちがテレビに映るのを見ても、叩きたくなるし、ぬいぐるみを見ても叩きたい衝動に駆られ、こっそり叩いてみる。でもお店のマネキンは人目を気にして我慢する。
うちの妻とこんな話をしてたら、僕はやっぱりよく頭を叩くそうだ。
若い時、酔っぱらうと隣に座る妻の頭をよくポンポンしてたらしい。(気を付けないと他の人にもやってしまってたのかも知れん)
子供の頭も叩きたい。僕は子供が大好きで、小さい子がいるとつい構いたくなる。
それが全然知らない人が連れてる子でも、目が合うと、ワザとおどけて笑わせる。
今でもとそんなことはよくしてるけど、決して他人の子のおでこは叩いたりしないよ。
バリ島にはよく行くんだけど、その時だけはこの癖を封印しないといけない。
あそこはヒンドゥー教徒がすごく多い島。その教義じゃ、神様が頭に下りてくるので、他人の頭を触るのは、ものすごく失礼なんだとか。子供の頭を撫でようものなら、親に殺されるかもしれないって聞いた。
でも自分の娘のおでこだけは何の遠慮もせず、赤ちゃんの時から愛情をもって「テーン」って叩いて遊んでたんだ。
前髪を降ろすようになっても、かき分けて「テーン」してた。
もう可愛いから仕方ない。
それを最近嫌がるようになったので、「ゴメン、これくらいいいでしょ」って言ったら、
「私は動物じゃない」と怒られ、癖がバレてた悲しい父なのだ。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)