おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その62 でんでんむしむしカタヤブリ
子供の頃の記憶。確かあれは小学2年の時のことだったと思う。
自宅から歩いて10分ほどのところに田んぼがあった。
夏になると毎日のように、生物を捕まえに行くような、新興住宅街そばの子供の遊び場だったんだ。
ザリガニはいっぱいいるからすぐに飽きる。カメを捕っても家で飼わせてもらえない。カエルなんか無視する。バッタやカマキリもそれほど珍しくないので捕えない。
水生昆虫が人気で、ゲンゴロウや水カマキリをよく探しに行った。
なのにそんな中、カタツムリを捕まえた記憶が鮮明に残っているんだ。
別にカタツムリなんかどこにでもいるし、珍しくも何ともないでしょ。
デンデンムシっていうけど昆虫じゃない、気持ち悪いから持って帰えるなんて、あまりしたくない対象。
なぜそのカタツムリを捕獲して、家でしばらく飼っていたかと言うと・・・
それがとてつもなく大きい個体だったからだ。
当時の記憶は曖昧で、定規で測った覚えはあるものの、何センチ何ミリだったかは忘れてしまった。
ただその大きさが他とは群を抜いてて、誰が見ても「海の貝?」って言うほどのものだった。
暫く生きてたけど、冬の寒さで死んだんだったと思う。
その時、貝殻を標本にしようと、中身を出して洗ったけど、腐ったみたいな匂いが取れなかった。
暫く石鹸水に浸けておいたのを天日干ししたりして、結構その貝殻を手元に残しておきたかったんだと思う。
それから中学校の頃までは、缶カンに入れて保管しておいたのだけど、その後どうしたのか忘れてしまっていた。
それから、カタツムリを見る度に、友達や知り合いにこの話をするのだけど、皆、大袈裟に言っていると思って信じてくれない。
確かに僕も野球ボールくらいとか言ってたけど、それは間違いなく大袈裟だったろう。
でもゴルフボールくらいなんてことではない。誰もが目を見開くような大きさだったのは事実なのに。
僕は何回も引っ越しをして、その際、昔のものを捨ててしまったり、失ったりすることがあった。
赤ちゃんの頃からのアルバムさえ、行方不明になってしまったくらいだ。
そんな貝殻なんか記憶からも消えてしまっていた。
ところが父親の実家で、古い納屋の壁に穴が開いて補修が必要になり、中のものを整理する機会があった。
僕はその家に住んだことは一度もないのだけど、両親が祖父母の家を継いで田舎に帰った時、僕の荷物も一緒に持って行ったようだ。
そこに僕の紛失した物品が無いかと、念入りに確認したけど大したものは見つからず、子供のころからのおもちゃやレコードなんか懐かしい物でも、もう価値がない物ばかりだった。
その中に岩石の標本があって、これは小学校の時、弟と集めた石ころだけど、鉄鉱石や雲母にオパールの原石など、今見ても興味深いコレクションではあった。
それらが入っていた段ボール箱の中に、海で拾い集めた貝殻がビニール袋にまとめてあったので、昔どこの海岸で拾ったものだとか思い出して懐かしんでいたのだけど、ふと目に留まった貝殻がひとつ。
海の貝とは思えない、地味~な黄土色。
貝高が低く、まん丸の形、すぐにカタツムリと判るそのフォルム。多分そうだろう。
これはまさしく、あの田んぼで捕った大カタツムリに間違いないと思う。
しかし残念なことに中心付近が、圧迫されたように割れてしまっていた。
腐敗臭は消えたが、ホコリ臭い。
これはすごい。今見てもその大きさに驚愕する。
僕は定規でその殻の幅を図ってみた。
一番広い入り口の角っこからの幅が、58ミリ。
ほら、でかいでしょ。
色は大分乾燥していて白っぽくなってるけど、やっぱりあのカタツムリだと思う。
一体これがなんという種類のカタツムリなのか、調べてみた。
だけど、模様は何もない。記憶では黄土色一色で、筋などの渦巻き模様はなかったはず。
でも日本には、800種を超えるカタツムリが存在するらしいけど、そんなに大きくなるのは珍しいみたい。
とにかく大きい個体なので、このサイズに成長しそうな種類を調べたら、殻径が50ミリを超えそうな種類は四国の一部にしか生息していないと言う。
カタツムリはその移動速度の鈍さから、広範囲には分布せず、その土地土地で進化する傾向が強いので、僕の家の近所の田んぼには、そんな大型種はいないはずなのだ。
誰かが持ち込んで放したのかもしれない。
沖縄には10センチを超えるアフリカマイマイという外来種がいるが、それはエスカルゴより殻が縦に長いフォルムなので、見た目が全く違う。
ひょとすると僕が捕ったのは、突然変異種かもしれないし、このカタヤブリなカタツムリ、専門家に調べてもらいたい。
妻にその貝殻を見せたら、「この大きさは、カタツムリのはずがない」と言って信じてくれない。
じゃ、母親にそれを見せると、「こんなデンデンムシいないわ」と言う。
「僕が子供のころ捕まえて来て、家で飼ってたでしょ」
「いや、覚えてないわ~」
僕の記憶の信ぴょう性やいかに。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)