おしゃべりさんのひとり言【全集1】
同時にホテル待機していたOさんの証言では、ホテルの朝食後、駐車場から二人が車に乗って出かけて行くのを、何回も目撃していたそうだ。食堂で会わない日はどちらか一人だけじゃなく、二人とも会わないので「多分2週間毎日、一緒に行動していたでしょう」とのこと。
ホテル待機明けの計画休業日は、『在宅勤務していたか』『どこにも出かけていないか』等の問いに、二日連続で、Iさんと食事に行っていたことをゲロしやがった。自宅は車で1時間以上離れてるってのに。多分、奥さんには休業とは言わず、仕事ってことにしてたんだろうな。
一方、Iさんの記録を読むと、事実関係は課長より事細かに書かれていた。
何月何日の何時ごろ、どこで何を食べた。課長の車にはいつといつ、何回くらい乗せてもらったか。その時オープンカーにしたのはいつだったか。これでお客さんに目撃された日が特定できた。課長は心当たりないって言ってたけど。
計画休業日には、ある観光地へ二日連続で行ったって書いてある。課長は食事に行っただけと証言していたが、在宅勤務の日に旅行してるじゃないか。
でも体の関係ではないんだって!?(笑)日帰りって!?同じ観光地に二日連続で!?
もう可笑しいでしょ? 泊りって証拠をつかんでないから、この証言が正式記録として残るんだ。(誰が読んでも笑うしかないでしょ)って思ってたら、後に社長は怒ってた。
僕はIさんの証言が、課長と食い違う部分が結構あると気付いたので、Iさんとも面談する決断をした。あまりしつこくすると、それがハラスメントになるのだが、どうしても不整合を確認しておきたかった。
僕は課長から聞き出すより、こんな未熟な子から聞き出す方が簡単だと言うのが本音だ。
「Iさん。出張中、『部屋に入れるな』って言う約束は守ってくれたんだね」
「はい」
「でも、相手の部屋には入ってたんだ。それだと私との約束は破ってないもんな」
「(苦笑い)・・・」
「でもOさんもその状況を見てるし、ちょっと迂闊だったよ。もう少し気を使ってれば良かったと思わない?」
「すいみません。ご迷惑をおかけして」
「今後の行動は改めてください。相手は家庭持ちですし、その辺をわきまえた付き合い方でお願いします」
「はい、わかりました」
彼女は終始うつむいて小声で話す。当たり前の反応だ。さあ。どう料理してやろうかな。
「出張は楽しかった?」
「ええ、初めてのことばかりで、びっくりしました。課長もOさんも優しいから、私は何も心配はいらなかったです」
「最前線の現場を経験してきた人は、責任感が変わるもんだけど、どう思う?」
「はい。こんなチャンスを与えてもらえたので、経験してきたことをここの現場で活かしたいと思っています」
「ぜひそうしてください。君が入社面接で話していた意欲に期待して、アメリカに行ってもらったんだから」
「はい、すみません」
「それに関しては謝ることじゃないよ。しっかり経験を積んできてくれたんだから」
「・・・私は何か処分されるんでしょうか」
「・・・やっぱり、やましいことがあるんだね。でも事実確認では、そんな証拠は出てこないから、君を処分することはないよ。それに他の皆も誰一人として、君を悪者扱いしている人はいなかったよ」
彼女は少し微笑んだ。
「でも課長は厳格な処分が下されるはずだ。本来ならセクハラで、『査問委員会』を開いて処分されるんだけど、君から被害報告がない以上、セクハラって言えないし、他の皆の士気を下げた事実でしか罰せないから、まずは厳重注意だろうけど、問題はホテル待機中に、ホテルを抜け出して遊んでいたことと、計画休業の在宅勤務時間に旅行していたってことなんだ」
「はい」
「それはもう否定できないよね」
「・・・」
「言わなくていいよ」
「すみません」
彼女は涙を流した。
僕は、面白かった。予想した通りの反応だからだ。こんなお涙に騙される僕じゃない。でも、
「もういいから、泣かないでください。かわいい女性は皆こんなものだから」
「・・・」
何か探るように上目遣いで僕を見たな。
「今、肩身が狭いでしょ」
「はい」
「でも、もう課長に近付いたらダメですよ」
「はい」
また涙ぐむ。
「皆の見えないところでなら、だれも文句言わないのに」
「・・・」
「LINEとかなら、バレないんじゃない?」
「ですね」
「勤務時間外なら電話してても誰も気付かないし」
「はい、今、電話したいです・・・」
「はっはは、かわいい子はこんなものだし。でも今は我慢してください」
「はい」
これで彼女は、僕が味方だって思うだろう。僕の懸念は、彼女がつぶれて退職してしまうことなのだ。ものすごい経費をかけて教育しているのに、こんな子は簡単に辞めてしまうから、それを阻止できればいいのだ。
この日までの調査報告は、確認できた事実のみを詳細に、箇条書きで社長に報告した。
後日、問題の課長には社長から、辞令が届いた。
『営業部 係長に任命する』
異動と降格、重い処分だが、本人は文句を言わなかった。今回は新人のIさんには、何の処分も下されなかった。皆が望んだ通りの結果だった。
僕はこの事件がセクハラなのか、ヤキモチによる部下たちの反乱なのか、どっちでもいい。ただ、「これだけ職場に波風立てたなら、今後は全員、仕事頑張るんだろうな!」って思いが真っ先に来てしまう。
以上、報告終わり。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)