おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その28 セクハラかヤキモチかの調査報告
「部長。この人が上司じゃ、もう我慢できません」
「Nさん、落ち着いて、何があったか話してください」
「課長は全然仕事をしていません。いつも無駄話しているだけですし・・・・・・」
このNさんは、真面目で優秀な社員だ。中途採用ながら、何事にも前向きに取り組み、以前在籍していた業界のシステムを持ち込んで作業段取りを改善し、社員教育に新たな道筋を付けてくれた。入社2年で主任に昇格したのも最速だ。その彼から延々と愚痴交じりのクレームが続いた。
「仕事がいっぱいで、手が回らないと言う理由じゃなさそうだね」
「仕事量にも限界を感じますけど、効率を考えたら無視できない事実です」
「言いにくかったのかもしれないけど、今それを訴えに来てくれたんだから、率直に話してくれないか」
「はい、我慢できないのは、課長とIさんの関係です」
「え? Iさんて、今年入社した?」
「二人は不倫関係です」
40代後半のおっさんが、23歳の新入社員に手を出した、という噂が広がっていた。実は僕もこのことを、ある程度は把握していたのだが。
この課長がやたらIさんの教育に熱心だなと思っていても、同時に入社した女性社員のMさんも一緒に指導していたから、問題はないと考えていた。しかし、何に付けてもIさんと一緒にいようとするし、その彼女に対する評価はすごく高いので、好みのタイプなんだろうと思っていた。
「すべての行動において、Iさんと一緒に行動する為だけに、周りを動かしているんです」
「そんなまさか? 具体的にはどんなことが?」
「教育と称してIさんを呼び出して、会議室で何時間もいますが、Iさん以外にそんな教育を熱心に受けている社員はいません」
「会議室で何をしてたかなど、判らないよね。それでも疑う根拠は何かあるの?」
「この前の出張にも、なんでIさんを同行させたんですか?」
「それを承認したのは私だけど、それは課長がアメリカ出張案件を2名分で契約して来たのを、その後、課長が交渉してくれて、教育目的で新人をもう一人突っ込んでもいいと、カスタマーの許可が得られたからだ」
「それなら、台湾人のL君やC君が先だと思うんですが」
「それが、このコロナ禍で、台湾人が一旦日本を出国してしまうと、再入国が難しかったんで、日本人を送るしか仕方なかったと言うのが理由だよ。彼女以外の日本人は既に業務が確定していて、先方も急に決まった出張だから、新人でもいいと言う話だったんだ」
「それでも3か月の長期出張になるから、新人は途中で交代させる計画だったんですよね」
「それも、色んな理由があって、途中交代できない事情が沸き上がったんだ」
「アメリカで何があったか、もう一人同行していたOさんに聞いてみて下さい」
そんなこんなで調査することになって、様々な事実が浮かび上がり、二人の関係を疑う人が多いのは、もう仕方ないような状況が判明してきた。
この時期のアメリカ出張業務は、コロナ禍で健康上のリスクはあったが、会社としてはどうしても欲しい案件だった。課長がIさんに接近しているのは、この以前から分かっていたが、私はそのことを少し面白いくらいに考えていた。
会社への貢献には、出張する本人たちも協力的で、新人のIさんとMさんは、入社時の面接で「海外出張にぜひ行きたいです」と名乗りを上げていた。実際、海外へ行きたがる社員は新人には少なく、および腰なヤツが多い中、この女性二人は意欲的に見えた。だから、私は課長と相談した結果、まずMさんの先行出張の後、45日後にIさんを送り、現地で交代させる予定を承認していた。
しかし、出発間際になって、Mさん先発予定を、Iさん先発に変更されてしまった。理由は、Mさんの方がしっかりした性格なので、途中でアメリカに合流するのに、一人で飛行機移動して入国するには、入国審査が厳しい昨今、Mさんの方がいいだろうから、と言うのが課長の主張だった。
それまでにすでにパスポート申請していたMさんは、急遽キャンセルになってしまった。一方、Iさんもすでにパスポートを申請していたので、急な交代には問題はなかった。あとはアメリカ入国審査の際に必要になる、ESTAを申請するだけだったから。
この人選には社長からの懸念もあり、僕は出発直前のIさんと面談をしていた。
「初の出張がアメリカだけど、心配はない?」
「大丈夫です。課長からも丁寧にフォローしてもらっていますし、いろいろと勉強してきます」
特に浮かれているとか、業務に対して勘違いしているような印象は受けなかった。
「男二人と長期の出張なので、会社としては心配な部分もあるんだけど、それは理解できるよね」
「はい、解っています」
「プライベートなことまでは関知しないけど、モラルとして自分の部屋には絶対に入れないで、どんな理由を付けられても、それは部長から止められているのでと言い返えしてくださいね」
「はい、分りました」
こんな話をしていたのを覚えているが。
この出張に同行した第三者のOさんの報告によると、
「課長はずーっと、Iさんの隣にいましたよ。僕は呆れましたけど」
「と言うとどのくらい?」
「飛行機移動はコロナ対策で、2席以上間を開けて予約されてるのに、移動中はずっと隣同士でしたし、それどころか新幹線でも、バスの席でもそうです」
「それじゃ君は、一緒に居づらい状況だったね」
「はい、ホテルの部屋なんか、僕だけ別棟で、その二人は隣同士の部屋を取ってるんですよ」
課長は英語が堪能だから、通訳の役割も担って出張している。その立場をうまく利用して、露骨な行動に出ているなと思った。
「じゃ、二人は不倫関係という噂だけど、断言できる?」
「それがよく分かんないんですよね」
「現場を見たわけじゃないから、そりゃそうだよね」
「でも、夜遅くまで3人で飲んでた時、12時回ったから僕は課長の部屋から帰ったのに、Iさんはそのまま部屋に居続けましたよ。課長も、『帰れ』って、言わないんだと思いました」
・・・なるほど、僕も「相手の部屋に入るな」とまでは言わなかったな。
途中でMさんと交代する時期が近付いても、課長から中々その予定の連絡が無かった。僕は既にこの時、(交代させる気はないかも)と予想していたので、先行してMさんの出発の段取りをし始め、その状況をメール報告して、課長にプレッシャーを与えていた。
『MさんのESTAの申請完了』『出張経費の前払い完了』『カスタマーの訪問ルールの教育完了』『いつでも出発できます!』等々まめに連絡して、早く交代の予定を向こうから言わせようとしていたのだが、送られて来たメールの内容は、
『カスタマー都合で予定が延びて、いつ交代できるかまだ分かりません』
しかしOさんによると、課長はこの時点で、すでにカスタマーには交代させず、Iさんの続投を報告していたそうだ。実際に交代の予定が無くなったのは、カスタマー都合と言うことになっているが、課長の交渉術でそう決定されたんだろうと思う。楽しみに準備していたMさんは、すごく残念そうにしながらも諦めて、「今回は一人で海外へ移動する不安もあったので」と、納得してくれた。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)