おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その22 不老不死って苦労無視?
四十代くらいから、おでこがやや広くなってきてるけど、気にしないようにしてたんだ。
養毛剤なんか、どうせ効かないでしょ。
てっぺんも少なくなってきたけど、カツラ使うほどでもないし、マープやスベンソンなら考えようかな。
でも最近、もみあげに白髪が目立ってきてさ、それが気になる。
僕は若い時から、白髪はあんまり生えなかったんだけどね。
フサフサじゃなくなってペッタンコになってくると、髪型決めるのが面倒だけど、白髪が浮いて見えるのは気分下がるわ。
妻は高級化粧品使ってて、シワやシミはほとんど目立たない。
僕も使おうかな?
そろそろ白髪染めも初体験しようかな。
なんて話を家でしてたら、娘が除毛クリームを貸してくれた。
何のためにか尋ねると、ハゲても白髪でもいいけど、僕の指に毛が生えてるのは、笑えるらしい。
面白半分に肘から先の毛に塗ってみたら、わずか10分で毛が溶けてツルッツルに変身!
僕の腕、こんなに肌きれいだったのか。知らなかった。
ずっと触っていられる。これは面白い。そのうち全身やってみよう。
つい最近まで、自分がこんなに年を取るなんて考えもしなかった。
日本人の平均寿命が世界一だとしても、あと30年くらいか。
僕は同級生たちより見た目健康そうだし、10歳くらい下と同年代に思われたりもする。
体力的にも30代に負けない。バイタリティじゃ、最近の10代以上かも。
栄養には特に気を付けているし、病気なんてほとんどしない。120歳まで生きるつもりだ。
それで寝たきりじゃ意味ないけどね。
不老不死って憧れるよな。
ずーっと若いままでいられるなら、なんだって挑戦できる。
僕のやりたいことは、一生くらいじゃ足りないもん。
でも、年取ってから不老不死になったら、大変だろうな。寝たきりで死ねない一生。
いや一生じゃない。永遠にだ。
よく考えたら、若くて不老不死になっても、いい事ばかりじゃないんじゃないかな。
死ねないんだよ。何があっても。
20歳で不老不死の体を手に入れたとしよう。
でもそれで、遊んで暮らせるってわけでもないだろ。
何も食べなくても死なないけど、痩せてガリガリのミイラみたいにはなりたくないから、ちゃんと働いて稼がないと食べていけない。
それに独りぼっちは死ぬより嫌だから、家族も持ちたいし、養わないといけないから、やっぱり仕事はしないとね。
はじめのうちは「○○ちゃんのお父さん、若いわね~」って言われて嬉しいけど、奥さんと段々見た目のバランスが取れなくなってくる。
いつまでたっても見た目が変わらないと、周囲から変に思われて、若作りの反対の老け作りしたりして。
でもそれにも限界があるだろうし、家族関係もギクシャクしだす。
性欲も衰えないなら、若い娘と浮気しちゃうに決まってる。
家を出る。
そしてまた途中から人生やり直し。
戸籍は書き換えられないし、再婚できない。
これからは内縁の妻との生活になる。
子供が出来ても、法律上の認知は出来ない。
これからはずーっとそんな生活だ。
それを何回か繰り返したら、どうなるだろう。
はじめの妻や子供の名前も忘れちゃうんじゃないかな。
過去の思い出って、意味なくなるね。
昔学んだことなんかどんどん忘れていって、もうどうでもいい。
今からいくらでも新しい事を勉強できるし。
そんなやる気出るかな?
年取って来ると、誰もが感じる時間経過の速さ。
それが加速してくると、気が付いたら10年。100年。あっという間だったとか。
この前、人類が火星にたどり着いたと思ったら、「もうコロニーの人口が10億人を超えました」なんてニュースにびっくりする。
1000年も生きたら、他の人間と見た目まで変わって来るんじゃない?
その頃になると、人類はどんどんひ弱に華奢になってたり、身長だけどんどん伸びて、平均身長3メートルとか。
そうなりゃ哀れだよな。
「見た目がすべてじゃない!」って言っても、身体的に追い付かないことが増えて来て、トイレの便座に座るのも一苦労だったり。
病気や怪我したらどうなるんだろ。
ヴァンパイアなら、みるみる治癒するって設定かも知れないけど、普通の人間が不老不死になっただけなら、そうは問屋が卸さない。
癌や糖尿病も治らないままだけど、死ねない。その苦しさと永遠に付き合っていく?
傷が消えるにも時間がかかる。腕が一本無くなったらどうか?
永遠にそんな体のままじゃないか?
視力は衰えるのか?
不老なら老眼にはならないけど、目がつぶれちゃったら話は別か。
爆発事故に遭って、耳が聞こえなくなったり。
飛行機が墜落して、体がバラバラに・・・
科学技術の進歩で、半分サイボーグてのが救い。
そんな人生になると、同じ境遇の人がいないと、周囲に壁を作ってしまうだろうな。
孤独感? 疎外感? 存在意義。
それでも死ねないって、どんなだろう。
人知れず、我慢して、そこにいるだけって感じか。
やがて人との接触は無くなり、不健康な体で、孤独な時間を何年、何十年、何世紀。
そのうち何も考えたくなくなるだろうな。
何も考えない時間は一瞬か、永遠か、どっちに感じるんだろう?
気が付けば、人類は絶滅していて、僕一人だけ。
やがて太陽の膨張が始まり、地球は灼熱に。それでも死ねず。
地球が太陽に飲み込まれて、体が蒸発しちゃったら、命ってどうなるの?
精神だけが生き残って、宇宙に漂う?
SF映画にたまに出てくる、訳の分からん宇宙の意識の存在。
僕の想像力の限界に来てしまった。
不老不死には、単純に魅力を感じてたけど、こんな苦労は計算に入れてなかった。
そんな不老不死なら、要らないな。
それで僕は、将来ハゲて白髪になっても幸せだって思えるようになった。(強がり!)
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)