おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その21 金髪女性とニッタン
初夏のある日、僕は小学生の娘と一緒に河原沿いの遊歩道を散歩していた。
その下を流れる清流に竿を出す釣り人が、10メートル間隔ぐらいで並んでいる。
鮎の季節だ。
まだこの頃の鮎は小さく、10センチからせいぜい15センチくらいだが、練り餌で簡単に釣れる。
僕はこの釣りを眺めるのが好きで、よく散歩がてら、釣り人たちの週末の釣果を確認していた。
すると前方から、背の高い金髪の白人女性が、ウォーキングしながらこっちに向かってくる。
しょっちゅう出会う顔見知りだが、その人の名前は知らない。
「オハヨウゴザイマス!」
と、向こうからいつも通りの挨拶を交わしてきた。
僕は、「おはようございます」と言いながら立ち止まり、娘にも挨拶するように促したが、この子は外国人にびびって、黙ったままだった。
するとその女性も立ち止まりながら、もう一度「オハヨウゴザイマース」とにこやかに言ってくれた。
娘はハニカミながら小さな声で「ぉはよぅござぃ・ます」てな感じで応えた。
すると女性は、「アレ、何釣ッテルカ知ッテマスカ?」と質問してきたので、
「鮎ですよ」と教えてあげたら、
「違イマス。“若鮎”デス」と言った。
僕はおかしくなって、笑ってしまった。すると、
「鮎は海から来て、川を上ります。初めは小鮎といいます。段々大きくなって鮎になります」
僕は鮎は日本独特の魚だという印象があったので、外国人が詳しく知っていることに、すごく驚いた。
「よく知ってますね」
「当然です。私は○○大学で淡水魚研究するため日本に来ました」
「そうなんですか」
「他にもニッタンをいっぱい飼っています」
「ニッタン?」
「知りませんか?ニッタン」
「そんな魚がいるんですか?」
「そうです。日本ならどこにでもいる魚です」
「ニッタンなんて魚聞いたことないな」
「オー、ニッタンは日本の淡水魚のこと全部です」
「ああ、日淡? “ニッタン”と呼ぶんですか?」
「そう、鮎もニッタン。ナマズもニッタン。メダカもニッタンです」
と、こんな感じに話が弾み、僕はその外国人にすごく興味が出て、しばらく話し込んでしまった。
「私の研究室にたくさんニッタンを飼っています。一度見に来てください」
「へえ。面白そう。大学の研究室ですか」
「あなたもニッタン飼いましょう。私が教えますよ」
「ええ?本当に?」
僕はすごく興味が湧いた。
側にいた娘にも、「家に水槽で魚飼おうか?」と聞くと、
「うん。飼いたい!」
その日から僕は、淡水魚飼育に興味を持ち、ネットで色々と調べだした。
あの外国人女性とは、よく河原の遊歩道で出会うので、
「じゃ、またお会いしたら、アドバイスしてください」
とお願いしておいた。
まず、近くの用水路で虫取り網を使って、ガサガサしてみた。
ガサガサと言うのは、水路の草むらに網を突っ込んで揺すったり、足で追い込んだりして、簡単に生き物を獲る方法のこと。
小鮒やハヤの稚魚、ヨシノボリ、ドジョウ、小エビなんかが獲れた。
最初の内は、プラケースに入れて、簡単なブクブク程度で飼育しようと思ったけど、すぐに死んでしまう。
こんなんじゃダメかと思い、本格的なガラス水槽を購入することにした。
小学生の頃、金魚を飼って、ノーメンテナンスでも結構長生きしてた気がするんだけど、子供の頃の記憶なので、何か月かで全滅させていたかも知れない。
詳しく調べると、濾過装置が必要らしい。いわゆるフィルターだ。
温度管理も重要で、冬ならヒーター(これは無くても冷温ではじっと冬越ししてくれるみたいだけど)、夏には水温を下げるクーラー(これがバカ高い)が必要なようだ。
川魚というのは金魚とは違い、泳ぎが早いので、そこそこの広さも重要。
そうなると何十万円もかかってしまうことが分かった。
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)