おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その15 AIの家族
「今から帰るよ」
「もう! あなた、そんなこと電話しなくても、LINEでいいでしょ。面倒臭いわね」
「いいだろ、スマホ画面に打ち込むのが面倒なんだよ」
「あ、そ。じゃあちょうど良かった。タマゴ買ってきてくれる?」
「ええ? 面倒臭いな」
「私も今から出るの嫌だからね。ついででしょ。買ってきてよね、タ・マ・ゴ!」
「分かったよ!」
ブチッ!・・・ツーツーツー
面倒臭いだなんて。こんな夫婦はまだ幸せじゃないかなって思う。
家に帰ると誰もいない。一人暮らしで寂しい人生を紛らわすために、ネットにはまっている。
人によっては、こんな事がよくあるじゃないか。
モニターを睨んで、自分の主張を掲示板に書き込んだり。SNSで他人と繋がろうとしたり。
現実に会話するわけではなく、顔の見えない相手の反応に一喜一憂する。
それでも満足だから継続する。
そんな人が多くいるから、ネット社会は発展する。
リア充とかっていうけど、今後、そんな人は極少数派になっていくかもしれない。
結婚しない人口は日に日に増えて、少子化に歯止めがかからない?
いや、そうとも言い切れない。
ネットで伴侶を見つけるのが当たり前になって、誰もがパートナーを気軽に募集するようになって来た。
昔ならテレクラ。友達募集掲示板は援助交際の温床。ちょっと前は出会い系サイト。今はマッチングアプリ。
段々とモラルの壁が低くなって、過去の道徳観念は古くなったのか。
今の若者は気軽に交際相手を探している。
でも、それが苦手な人も多いかな。
会話が続かない?
そもそも異性と話した経験が少なくても、アプリで一言ずつのメッセージの会話なら誰も苦にならない。
容姿に自信がない?
顔だけじゃなく全身まで盛れるアプリはいっぱいある。もう地顔の女性なんかネットに存在しないし、自分のアルバムにさえ、地顔は保存しない。
こんなバーチャルな世界でパートナーを求めて、積み重ねる日々の努力は簡単なのだ。
これが現代社会。これでいいのだと思う。
でも近未来は、もっと困ったことになるかもしれない。
AIが発達して、会話がスムーズにできるようになったら、なんでも頼んじまうな。
スマートスピーカーがもっと普及したら、一人ひとりが持つようになって、家族代わりになったりして。
こんなふうに進化しながら・・・・
「“OK グーグル” 音楽、昨日の続きからかけて」
『情報が足りません。WEBで検索しますか?』
「なんで?」
「“Siri(シリ)” 家に電話して」
『イエさんは登録されていません』
「あほ」
「“ねえ、クローバー” エアコン付けて」
『はい。冷房を付けました』
「暖房だ!」
「“Alexa(アレクサ)” 掃除しといて」
『フロアクリーナーを起動します。足元にお気を付けください』
「洗剤で拭き掃除もして」
『洗剤を足してください』
「ああ、面倒臭い」
『代わりにお手伝いいたしましょうか』
「それが出来ねんだろ!」
「“ハイ、メルセデス” 近代美術館までの最速ルートを検索」
『23号線を通るルートです。到着まで24分ほどかかります。現在、~~展を開催中です。チケットをお取りしましょうか?』
「時間がない。急いでくれ」
『交通渋滞はありません。最短ルートでのご案内です』
「自動運転解除、俺が運転する」
『交通ルールを守って、安全運転を心がけましょう』
「お前はチケットを取ってくれ」
『私には反則切符を取ることはできません』
「“ねえ、アンドリュー” ママが帰宅したら電気を消して、リビングに入って来たら音楽をかけて、ゆっくり明かりを点けて」
『了解しました。サプライズパーティか何かですか?』
「うん」
『素敵ですね。何のパーティですか?』
「ママのバースデーよ」
『ママの誕生日は明日ですよ』
「明日は忙しいの」
『では、お料理の宅配を手配しましょうか?』
「パパが買ってくるから大丈夫」
『じゃ、ドリンクはカルピスでブレンドしておくね』
「わたし大好き!」
『それでは、ママの車がゲートに近付いたらお知らせしますね』
「“ヘイ アニータ” 熱帯魚のエサはどれくらい残ってる?」
『あと7日で無くなるわ。いつものエサを発注しておきましょうか』
「ああ、一個頼むよ」
『翌日着の最安は650円だけど、3日後着なら625円のがあるわ。間に合うからこっちにしておくわね』
「気が利くね。それと、今日からエサの量を少し増やしてくれないか」
『承知しました。でも個体数は増えてないのに?』
「産卵させたいんだ」
『じゃ、温度設定も少し上げた方がいいわね』
「頼むよ」
『エサやリは、回数を増やした方が効果的だけど、どうかしら』
「任せるよ」
『じゃ楽しみにしててね』
「“やあ、ミクミク” 6時ころ帰るよ」
『いつもより早いのね』
「お前に早く会いたいからな」
『嬉しい。ヘンリー、私も早く会いたいわ』
「お腹空いたよ。何か作っておいて」
『じゃ、オムレツなんかどうかしら』
「君のキッチンアームの腕前は素晴らしいからね」
『じゃ、タマゴ買ってきてくれる?』
「うん、いいよ」
結局、タマゴ買って帰るんかい!
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)