おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その97 卒乳
「ひーひーふう、ひーひーふう、ひーひーふう」
「はい! もうちょっとイキんで!」
「ヒーヒーフウ!」
「もっと!」
「ヒーヒーフーー!!」
「もう少しですよ! 頭が出てきました!」
「うぅっ、ぐ~うぉぉおあああああ!!!」
「おっぎゃ~、おんぎゃ~、おんぎゃ~」
僕は自分の子供の出産に立ち会うことが出来ませんでしたので、現場の緊迫感をよく知りません。ドラマとかで見る限りだと、こんな感じであまり感動しないんですけど、いいんでしょうか?
でも、知り合いから赤ちゃんが生まれたと聞くと、すごく嬉しくなります。すぐにでも駆け付けて、抱っこさせて欲しいくらいです。
確かに娘が生まれた時は、僕は駅から病院まで走りました。でもあまりに小さな対象物(赤ちゃんを何と理解していいかわからない状態)を、どうやって持ち上げたらいいのかさえ知らなかったので、逸る気持ちを抑えるのが難しかったですね。
現実を前にした父親なんてこんなもんです。
僕は男兄弟だけで育ちましたが、従妹は女子ばかりでしたので、小さい頃は女遊び・・・じゃない、女の子の遊びしかしたことがないくらいでしたが、実際に娘ができると、どうやって育てたらいいのか分かりません。
男の子なら、キャッチボールしたり、魚釣りに行ったり、木登りしたりと何でも想像が付きますが、女の子とは何をすればいいのか?
おままごと。昔やったことあるけど。
ゴム跳び。小学校くらいまでやってた。
お姫様ごっこ。「王子様」役をすればいい?
全くイメージが湧きません。
ひな祭りさえやったことなかったから(これってどうすればいいんだ?)って悩みました。てっきりひな壇の前で、線香でも上げて手を合わせるんだと思ってましたから。
その点で妻には、母親のすごさを身に染みて感じることが出来ました。
そんなこと知ってたのか? いつの間に調べたんだ? もう準備できてたのか?
僕が後手後手に回ってしまうようなことを、いとも簡単にこなしてくれている姿を見て(僕もしっかりしなくちゃ)と思い、「父親としての責任感が湧いてきた」って言うのも恥ずかしいことですけど。
でも本当に、娘が赤ちゃんだった頃は、ほぼ何もしていないダメな父親でしたよ。一年中海外出張ばっかりでしたから、成長の様子をSkypeで見守るしかなかったんです。
飼い犬のベスの方が、いつも赤ちゃんに寄り添って見張ってくれていた印象です。
妻は毎日、母乳を与えます。
妻は毎日、体を拭きます。
妻は毎日、抱っこします。
妻は毎日、添い寝します。
妻は毎日、僕の世話もします。
僕に何かできることは?
お風呂に入れようかな? どうやって洗ったらいいのか分からん。
泣いてるけどあやそうかな? 声を出してあやすのって恥ずかしい。
哺乳瓶の準備しようかな? 妻の母乳が尽きなかったので、ほぼ使ってない。
おむつ替えはできたけど、僕の担当は赤ちゃんの写真や動画を撮ることくらいで、正直、子育ては向いてないのかも知れないと思っていました。
でもそんな僕でも、ちゃんとスキルが身に付いてたんですよ。
今じゃ他人の赤ちゃんでも、あやすのうまくなってたり、抱っこも安心してできてたり、子育ての悩みに経験談を話してあげることもできるようになったりしてるんです。
子供を育てるっていう経験は、他の何より真剣になってたってことなんだろうな。
親しい知り合いが、男の子を産みました。
それを聞いて(羨ましいな)って思ったのは、僕も男の子が欲しかったからではなく、女の子を育てるより、僕にも役に立てることが、もっとあるはずだからです。
でもその女性からしたら、男の子を育てるのは、逆に心配だろうと思いました。
ところがどっこい。女性ってスゴイですね。女姉妹しかいない家庭で育ったそのお母さんでも、男の子を平気で育てていけるんですね。
彼女に対してたまにアドバイス的な事を言ってみても、ちゃんと知っていて、うちの妻が女の子を育ててたように、何の問題もなく男の子に対応できていらっしゃる。
じゃ旦那さんの方も、さぞ子煩悩になって、毎日赤ちゃんにかかりっきりになれるだろうし、夫婦で役割分担もやりやすいはずじゃないですか。
でも彼女に言わせると、
「主人は何にもしてくんないんですよ」
「え、お風呂入れたり、おむつ替えたりは?」
「まったく。それでちょっと不満を言ったら焦ったみたいに、ミルク飲ませようか? だって」
「ちゃんと手伝おうとしてくれてるんだね」
「そうでもないですよ。たった一回なんですよ。哺乳瓶でミルクやってくれたの」
「1回だけ?」
「たった1日でやめちゃったんですよ」
「どうして?」
「オレ、もういいわ~、だって」
(ええ!? 子育て初心者の男ってこんな感じなんだな。きっと僕も似たようなもんだった。
知り合いや部下にもシングルマザーはいっぱいいるけど、シングルファーザーが一人もいないことに頷ける気がする)
「もういいってか・・・。うちの子なんか、1歳まで母乳だけだったから、哺乳瓶使ったことなくて、僕はその経験ないんだよ。羨ましいくらいなのに」
「へえ!? 娘さん遅くまで離乳食に切り替えなかったんですね」
「そうなんだ。そっちも長く母乳にする?」
「いえ、うちは早いと思います。あんまり出ないんで」
「そうか」
「でも主人が1日で卒乳するとは、思いませんでしたけどww」
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)