おしゃべりさんのひとり言【全集1】
その82 大雪警報なのか?
「前の晩から、しんしんと降っていた」
って言うと、とても幻想的な様子を思い浮かべるかという気がしますが、どうでしょうか。これだけで詩的になるじゃないですか。
『しんしん』って表現は、「深々」と表記することもあるそうですが、意味は「とても静かな様」だそうです。でもこの言葉一つで雪が降ってるんだって、誰もが思いますよね。
じゃ、雪が降る様子をもっと他の言葉で表現しようと思えば、どんなのがありますか?
あれ? いいのが思い浮かばない。
「豪雪」という言葉は、降っている様ではなくて、降った量を表している気がするし、「雨がザーザー降る」のと同じように雪がすごい勢いで降っていると、「雪がザーザー」とか「雪がごうごう」・・・言わないですよね。
『ドカ雪』って言葉があるのは、ドッカーンと物凄く降り積もった結果を表現する言葉であって、爆発のような比喩的表現から来てるようです。大きな塊が降るからじゃないでしょ。それで「雪がドカドカ降る」って言いますかね? 「屋根の雪がドカドカ落ちる」とは言えそうですが。
僕は会話の中で「ちらほら降ってる」とは言いますが、雪なのか雨なのか、どっちにも使えてしまうし、「人影がちらほら」とかでも通用する汎用表現。雪にはちょっと無機質表現に感じます。
粉雪だと軽い感じだけど、花びらみたいに「雪がひらひらと降る」って言いますか? 「ふわふわと降る」? ま、言えないわけではないですが、僕はしっくりと来ません。「ふわふわ舞い落ちる」なら詩や歌なんかで聞いたことありますよね。これが雪の降る情景をかなり頑張って表現した限界みたいですが、結局雪特有のものではないような。
おっと「こんこん」を忘れてました。でもこれは童謡の「雪やこんこ」からできた言葉って聞きましたが、正しくは「来ん来」で、「雪よもっと降って来い」っていう、はやし言葉らしいです。
「雪はしんしん降る」という表現こそ、日本人の美意識の表れなんじゃないかって思いました。
落ち着きますよねぇ。雪のそれ以外の降り方は、あまり肯定されて来なかったのかも。
それでその日、前の晩から雪が降って大雪になったんですが、とても『しんしん』とは降らなかったのです。ものすごい強風が吹き荒れて、あちこちでバタンバタンと音がしていました。大雪警報も発令されました。心配ですよ。翌朝は仕事がありますし。
今僕が住んでいる所は、生まれ育った地元に比べたら、雪は多い地域です。でも1シーズンに3回くらい積雪する程度で、過去に大雪が降って交通がマヒした時でも、せいぜい膝くらいまでしか積もっていません。
ところが今シーズン、記録的大雪に見舞われました。一晩にこんなに雪が降ったのを見たのは生まれて初めてです。
でも僕は楽しいです。こんな異常事態は大好きですから、雪掻きも俄然やる気が出る方ですが、この日は参った。車が雪に埋もれて、掘り出すのも大変なくらいだし。
気象台の発表は積雪70センチでしたが、家の前は僕の腰近くまで積もってたんですから。しかもまだ降り続けてますし。
朝5時くらいから雪掻きを始めて、車1台掘り出すのに1時間かかりました。だってその屋根の上に80センチ以上積もってるんですよ。
普段通勤に使っている小型のアウディでは、この雪道には心もとないので、BMWのSUVに乗っていくことにしたんです。それが大きい車なので、除雪に余計に時間がかかりました。
でもこれで出勤できるわけじゃありません。道路がその状態じゃ、車なんか走れません。表通りは除雪車が来ますが、僕の家は私道の奥なので、近所の人たち総出で雪掻きです。
道具はスコップしかなく、200メートルほどの距離を、10軒ほどのご近所さんで掘るのは不可能です。取り敢えず自分家の前だけでも雪掻きをしている感じです。
7時になる頃には、ようやく僕の車を出せるようになったので、それに乗り込みました。何故ならこの車は幅が2メートル以上の大型4WD車です。新雪の状態なら、雪を掻き分けて進めると思ったからです。
そして雪を踏みしめて轍を作りました。この車のタイヤは幅30センチほどもあるので、雪上に大きな溝が2本、掘られていく感じです。
何度も何度も表通りまでを往復して、軽自動車でも走りだせる道筋を作りました。
そしてようやく、出勤できるようになったのですが、その途中、国道は大渋滞。
全く動きません。何人もの部下から「どうしましょう?」と問い合わせ電話が殺到。更に雪も激しく降り続いています。
僕は会社の総務に連絡して、8時頃状況確認をしたところ、「渋滞で人が来てなくて、まだ駐車場が除雪できておりませんので・・・道路から入ることも出来ません」と言うことだった。出勤しても構内にすら入れないと知り、事業部長として仕方なく、この日の休業を決断しました。チャンチャン。
いやいやいや、まだそれで終わりではありません。家に帰らないと。
僕は車列の僅かな隙間から、除雪されてない車線を強引に横切り、脇道に抜けて、満足に雪掻きされていない生活道路を切り開きながら、家に向かいました。
その途中、除雪された道路にもまた雪が積もってしまい、スタックしているトラックや、脱輪してる奥さまを助けながら、あと少しというところで、また立ち往生してる車に出くわし、(もういい加減にしてほしい)と思いましたが、当事者は皆、恥ずかしい思いと、申し訳なさが滲み出る表情ですので、放っておくことなど出来ませんでした。
自宅に到着したのは昼前でしたが、もうあとはゆっくりしようっと。それしか他に策はなし。
その時、外では「雪はしんしんと降っていた」ような気がするのは、単に降雪に対する日本人のイメージだったのしょうか。
その日の後は、すぐに年末年始の連休でした。
大型スーパーで正月用の買い物に出かけても、まだ暫く物流が滞っていて、物凄いお客さんの数なのに、生鮮食品がほとんど並んでいませんでした。明らかに冷凍食品だけで作ったようなお弁当や、お菓子のパックばかりを買い込みました。
もう正月が来ると言うのに、街中には雪の重みで倒れたカーポートや、折れて崩れた家の軒先など、いくつもの痛々しい光景が広がっています。それでも道路の雪はまだ溶けるはずもなく、うちのアウディも鎌倉の中に閉じ込められたようなままです。
年が明けて仕事始めの前に、ようやくアウディを掘り起こすと、なんと!
屋根に1メートル近く積もった雪が、運転席側に倒れだしていて、ドアミラーがその重みで、ポッキリと折れてしまっていました。
「え? 修理見積、16万円? まあ仕方ないか、仕事で使いたんですぐ修理してもらえますか?」
「それがねぇ。この大雪でスリップ事故が多くてねぇ。修理が混んでるんですよ」
「ミラーだけなら、すぐ交換できませんか?」
「他にも、ミラー折れた車や、ワイパーが折れた車も多くてねぇ。順番待ってもらってるんですよ」
そんなこんなで、1か月過ぎても修理の順番が回って来ません。チャンチャン。
大雪警報じゃなく、特別警報でもよかったんじゃない?
作品名:おしゃべりさんのひとり言【全集1】 作家名:亨利(ヘンリー)