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天空の庭はいつも晴れている 第6章 アニスの探索

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「お利口さんのアニサードにやらせるといいぞ、そういうことは。おまえがやるんじゃ不審すぎる」
 この前、勝手に屋敷を出て行ってしまったこと、おまるの汚水捨てを手伝おうとしたことなどで、『何をするかわからない御寮様』の評判が召使の間に広がっていた。
『そういうこと』というのは、ヌマアサガオとマルメ茸を薬草園で栽培しているかどうか、庭師のバシル親方にたずねてみること、だった。アニスと親しいシャムに聞ければよかったのだが、あいにく彼は薬草園の方にはあまり出入りしていない。
「雨が降りそうだな、坊やは来るのか?」
 ドルメンの外に向かい、カズックは匂いを嗅いでいる。
「さあ、召使の動きについては私よりおまえの方が詳しいんじゃないか、キツネちゃん?」
「やめろ、その呼び方は!」
 カズックの本性を知っているのはルシャデールとアニスだけだ。それ以外の人間の前では、まるっきり普通の犬のふりをしている。彼は誰にでも尻尾を振るせいか、召使たちによく可愛がられていた。猫のようにすり寄っていっては、しばしば厨房の残りをもらっているらしい。
 ただ、「キツネちゃん」という愛称を賜ったことだけは不満のようだった。
その時、噂の主が駆け込んできた。
「御寮様、あ、キツネちゃんも」
「その呼び方はやめろ!」
「えーと、カズック様」
「『様』はいらない!」
 そのやりとりにルシャデールが笑う。
「雨が降ってきましたよ。お屋敷に戻った方がいいです」
 うん、その前に、とルシャデールは彼にヌマアサガオとマルメ茸のことを説明した。
 ユフェリへ行く計画が進んでいる。アニスは嬉しそうだったが、自分がバシル親方から情報を得ると聞くと、素直に尻込みした。
「僕が親方に? なんでそんなこと聞くんだって逆に聞かれますよ。僕はうまくごまかせないし、怒ったら、……いや怒らなくても親方は怖いです」
 ルシャデールは親方の姿を思い浮かべた。ごま塩頭の険しい顔つきで、小柄だがその怒鳴り声は心臓が吹っ飛びそうなくらい迫力がある。黙っていてもその厳然とした気は周囲を支配する。彼に対して気圧《けお》されないのはイェニソール・デナンくらいだろう。
「しかし、けっこうあの親爺はおまえのこと気に入っているぞ。しょっちゅう、バカヤロ、何やってんだ! とか言われてるようだが、あれはあの親爺の愛情表現だな」
 気に入られていると言われて、アニスは複雑な顔をしている。
「それで……どういう風に聞けばいいですか?」
「よし、耳を貸せ」

 翌日、アニスは朝からドキドキしながらバシル親方の動静を見守ることとなった。チャンスは庭の四阿《あずまや》の掃除をしていた時に訪れた。
「あの……親方」
 親方はにこりともせずアニスの方を振り向いた。
「ヌマアサガオとマルメ茸はここで栽培してるんですか?」
「何でそんなことを聞く?」
 もじゃもじゃ眉毛を片方だけ上げ、親方はじろりと、少年を睨む。
 その目線に負けないように、気持ちを落ち着けようと深く息を吸い込む。カズックから教えられた口上を思い出す。
「この前、お使いに出た時に……男の人が『おまえ、アビューで働いてるんだろ』って話しかけてきて、ヌマアサガオとマルメ茸はあるのか? って聞かれたんです」
 もちろん、この話はカズックが考えたでっち上げだ。
「植えてないな、そんなものは。あれはもっと南の乾燥したところでないと育たないぞ」親方は首をさすりながら、独り言のように言った。「で、そいつは初めて見るヤツか?」
「はい、初めてだと思います」
 そうか、と親方はうなずく。
「アビュー家は代々癒し手を当主に持つ家だ。素人が扱うには不向きな薬草もある。屋敷の外へ出た時は気をつけるんだぞ」
「はい」
(よし、これで聞くべきことは聞いた)
 アニスはさっさと掃除を終えてしまおうと、手を一生懸命動かす。
「最近、庭で御寮様とよく話しているようだな」
 親方が低い声でアニスに声をかけてきた。
「え……と、そうですか?」
 白い大理石でできた腰かけを雑巾で拭きながら、慎重にアニスは答える。
「おまえのことだから、振り回されているんじゃないのか?」
「いえ……そんなことはないです」
 振り回されているという感じはしない。自分の方が御寮様に頼みごとなどしてしまった。
「おまえがお気に入りだって話だが」
 それはクランも言っていた。使用人の間では噂になっているのかもしれない。噂話というのは、えてして当人の耳には入ってこない。
「年が近いから、おまえのことをいい遊び相手くらいに思っているのかもしれんな」
 トリスタンが成長してずっと、アビュー屋敷に子供はいなかった。昨年の秋にアニスが来たが、彼は自分の立場をよく理解しており、子供らしい『馬鹿げたこと』は一切しない。
 使用人たちの間でルシャデールは評判が悪い。たいがいの使用人は彼女と関わることが少ないから、情報源はほとんどメヴリダなのだが、彼女は愚痴をこぼさぬ日がない。それにルシャデールも子供らしい可愛さがなく、ひねこびているから、大人に愛される子とは言い難かった。
「おれたちの前では口をひん曲げて、毛を逆立てた猫みたいに反抗的な顔しか見せないが。おまえの前では少しは笑ったりするのか?」
「はい、少しは。本当は……たぶん、優しいんだと思います。」
 アニスは薬草園で会う時のルシャデールを思い出す。頻伽鳥《びんがちょう》の歌を聴いていた彼女は、はにかむような笑みを浮かべていた。
 見知らぬ人ばかりのアビュー屋敷に引き取られてきたルシャデール。家族を失って他人の中で働くアニス。親方のまなざしに憐みがにじむ。
「メヴリダはすぐヒステリー起こす女だし、ま、あいつの言うことは話半分に聞いておかないとな。御寮様も、もう少し愛想っ気があるとまた違うんだろうが。しかし……生意気じゃないか?」
 親方はにっ、と笑った。
「はい」アニスは苦笑した。
 親方はふたたび真面目な顔に戻った。
「言うまでもないことだが、御寮様はこのお屋敷のお嬢様だからな。生まれはどうあれ、俺たち召使とは身分が違う。そこんとこ、きちっとわきまえておきな。でないと、いらぬ禍《わざわい》を招くってもんだ」
 アニスは黙ってうなずいた。
 
 次にすべきことは、施療所にマルメ茸とヌマアサガオがあるか調べることだった。これもアニスの方が適任だった。毎日のように施療所に摘んだ薬草を届けているのだ。
「三蛇草持ってきました。」
 いつものように、施療所の勝手口から修道尼に声をかける。
「ありがとう、アニス。そこに置いて下さいね」
 表の方から返事がした。ドゥラセ修道尼はケガ人の手当をしているようだ。アニスはざっと中を見渡した。大小たくさんの引き出しがついたたんすが壁に沿って並び、棚には薬研《やげん》や乳鉢がいくつも置かれている。手前にはお湯をわかしたりするための、小さなかまどもあった。その横の水瓶はアニスがすっぽり入ってしまえるほど大きい。中の水はけさ彼が汲んだものだ。
 彼がいる裏口と対角の位置に、部屋の角を挟んでドアが二つある。右のドアは治療室へ。猫が通り抜けられるくらいの幅に開いていた。隙間から病人や尼さんたちが見える。左のドアは……薬草の保管庫だ。